ハーヴェイ・ワインスタイン

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ハーヴェイ・ワインスタイン
Harvey Weinstein
Harvey Weinstein
2010年のカンヌにて
生年月日 1952年3月19日(62歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市フラッシング
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画プロデューサー
配偶者 イヴ・チルトン(1986年 - 2004年)
ジョージナ・チャップマン(2007年 - 現在)
著名な家族 ボブ・ワインスタイン(弟)

ハーヴェイ・ワインスタインHarvey Weinstein, 1952年3月19日 - )は、アメリカ合衆国映画プロデューサーミラマックスの設立者として知られる。2005年からは弟のボブと共にワインスタイン・カンパニーを経営している。『恋におちたシェイクスピア』ではプロデューサーとしてアカデミー作品賞を受賞した。

生い立ち[編集]

ニューヨークのフラッシングで生まれ、弟のボブと共にユダヤ系の家庭で育つ。大学はニューヨーク州立大学バッファロー校を卒業した[1][2]

キャリア[編集]

ミラマックス設立[編集]

1970年代に弟ボブとコーキー・バーカー共に自身の制作会社「ハーヴェイ&コーキー・プロダクション」を立ち上げ、コンサートの制作を始める。ワインスタイン兄弟は映画への情熱を抱いて育ち、映画産業へ参加する野望を持っており、そして1970年代後半、兄弟はコンサートのプロモーション事業の利益を使い、彼らの両親の名(ミリアムとマックス)にちなんでミラマックスという名の小さな独立系映画配給会社を設立した。初めて公開した作品はポール・マッカートニーのコンサート映画『ROCK SHOW』(1980年)だった。1980年代初頭、ミラマックスは人権組織アムネスティ・インターナショナルの映画2本の権利を得た。ワインスタイン兄弟はオリジナル版のプロデューサーのマーティン・ルイスと協力してアメリカ市場向けに2本の映画を1本に編集し、これがミラマックス初めてのヒット作となった。アムネスティはこの映画によって多額の資金を手にし、そしてアメリカでの知名度上昇繋がったとしている[1][3]

ミラマックスの発展[編集]

2002年のカンヌ国際映画祭にて

ワインスタインは1980年代にアートハウス映画を商業的および批評的に次々と成功させ、ミラマックスを徐々に大きくしていった。1988年にはランドール・デイル・アダムス英語版の免罪事件を取り扱ったエロール・モリスのドキュメンタリー映画『The Thin Blue Line』を公開し、社会的な注目を集めた。翌1989年にはスティーブン・ソダーバーグ監督の『セックスと嘘とビデオテープ』で成功を収め、アメリカで最も成功した独立系スタジオとして前進した[4]

また、1989年には『コックと泥棒、その妻と愛人』と『アタメ』がMPAAによってX指定を受け、全国的な公開は中止を余儀なくされた。ワインスタインはMPAAに抗議し、却下されたものの、その後これがきっかけでNC-17指定が新たに導入された。

ミラマックスはその後もさらに成長し続け、1993年に『クライング・ゲーム』が成功した後にはディズニーに8000万ドルで売却された[5]。ワインスタインは売却後もミラマックスの社長として残留してハリウッドでの影響力を強固なものとした。1994年にはミラマックスにとって初めてのブロックバスター映画となるクエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』が公開された。

1996年公開の『イングリッシュ・ペイシェント』ではミラマックスの作品としては初めてとなるアカデミー作品賞受賞を果たした。その後も、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)などの批評的に成功した作品を輩出し、ハーヴェイ自身も『恋におちたシェイクスピア』(1998年)のプロデュースによりアカデミー作品賞を受賞した。ミラマックス作品は2005年までに249個ものアカデミー賞ノミネートを獲得している[6]

ワインスタイン・カンパニー[編集]

2005年3月29日、ワインスタイン兄弟は同年9月30日付でミラマックスを退社し、同社の800作品を超えるライブラリーを手放し、新たに自らの製作会社であるワインスタイン・カンパニーを設立することを発表した。

近年はアジア市場にも目を向けており、金融機関のゴールドマン・サックス社等と数百億円のファンドを組み、アジア映画、特に中国語映画の共同製作・買い付けに奔走している。また東京の映像専門学校にも寄付している。

評価[編集]

ワインスタインは英国の映画産業への貢献が認められ、大英帝国勲章のコマンダーを授与された。また、ミラマックスでアメリカでの外国映画の存在と人気を高める努力をしたことが認められ、ニューヨークのフランス領事館より芸術文化勲章シュヴァリエ(騎士)が贈られた[7][8]

オスカー・シーズンには自身の作品にアカデミー賞を受賞させるために積極的なキャンペーンを行っており、後に映画芸術科学アカデミーがそのような行為を禁止させるに至った[9]

映画以外の活動[編集]

ワインスタインはエイズ糖尿病多発性硬化症などの問題に熱心である。彼は、ニューヨーク市の貧困問題に取り組む非営利団体であるボード・オブ・ロビン・フッドの会員である[8]

民主党の支持者であり、2008年の大統領選ではヒラリー・クリントンを応援していると報じられた[10]

私生活[編集]

2010年8月29日、妻のジョージナ・チャップマンが女児を出産した。その他にも前妻との娘が二人いる[11]

ヘビースモーカーであり、毎日数本のダイエットコークを愛飲している。

性格・その他[編集]

  • 90年代、映画の買い付け価格を高騰させた張本人。ケビン・スミス監督の1993年の数百万円で製作したデビュー作『クラークス』に10倍以上の値段をつけたり、無名監督の作品に数億円を払う等、ハリウッドの金銭感覚を狂わした張本人でもある。
  • 「ハーヴェイ・シザーハンズ」とも揶揄されており、買い付けた作品をそのまま公開する事はまずなく、長期間に渡る再編集、再撮影、更にはマーケティング試写でのアンケート結果の数字が上昇するまで絶対に公開しないスタンスを取っている。日本映画『Shall we ダンス?』の買い付け後、1年近くにも及ぶこうしたプロセスが敢行された(周防正行監督著『Shall we ダンス?アメリカに行く』より。文春文庫刊)。尚、ミラマックス社の元重役のマーク・ギル(現ザ・フィルム・デパートメント社社長)はラジオのインタビューで「ハーヴェイ・シザーハンズとは私自身の事だ」と告白しており、ワインスタインの指示を請け負い、実際、再編集を実行していたのはギル自身であった事を明かした。
  • 90年代にサンダンス映画祭において、オーストラリア映画『シャイン』の買い付けの席上、ライバル会社の重役の首を絞め脅迫した事で有名。かなり傲慢な性格をしており、こう云った業界で有名な「ハーヴェイ・ストーリー」と云われる逸話は枚挙にいとまがない。

主なプロデュース作品[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b Biskind, Peter (2004). Down and Dirty Pictures: Miramax, Sundance and the Rise of Independent Film. Simon & Schuster. pp. 463–464. ISBN 068486259x. http://www.simonsays.com/content/book.cfm?tab=1&pid=502917. 
  2. ^ Lurie, Rod. "Harvey Weinstein Gets My Criticism of "The Reader" Wrong" The Wrap, February 21, 2009
  3. ^ Mason, Ian Garrick (2004年10月11日). “When Harvey met Mickey”. New Statesman. 2007年1月11日閲覧。
  4. ^ Greuet, Christophe (2004) (フランス語). Coupez: Ces films que George Clooney, Nicole Kidman, Jean Reno, Kim Basinger aimeraient oublier. Carnot. pp. 45. ISBN 2848550732. 
  5. ^ “Miramax offices close, Disney says brand continues”. Lowell Sun. Associated Press. (2010年1月29日). http://www.lowellsun.com/movies/ci_14294787 
  6. ^ ワインスタイン兄弟離脱で、どうなるミラマックス?”. 映画.com (2005年3月16日). 2011年9月14日閲覧。
  7. ^ Harvey Weinstein: Weinstein Company, Lycos Retriever/Forbes.com, accessed February 13, 2011.
  8. ^ a b "Harvey Weinstein launches Film Financing Circle ", AMEinfo.com, October 6, 2007
  9. ^ Obst, Lynda. “A Diminished Oscar Season”. The Atlantic. 2010年10月29日閲覧。
  10. ^ Henry, Ed. "Sources: Clinton supporter pressures Pelosi" CNN, May 8, 2008
  11. ^ "Weinstein, Chapman blessed with another girl" The New York Post August 31, 2010
  12. ^ アメリカの映画俳優ジャック・ニコルソンと共同でのプレゼンター
  13. ^ アカデミー賞授賞式にミシェル・オバマが登場したのは、ハーヴェイ・ワインスタインとその娘のアイデア!”. 2014年2月20日閲覧。
  14. ^ イランアメリカ大使館人質事件におけるアメリカのCIAの活躍を描いた作品だが、イランから事実に反しているという批判が出た。
  15. ^ 米アカデミー賞に内外から「政治ショー」批判 大統領夫人登場、作品賞は「CIA」主人公”. 2014年2月20日閲覧。
  16. ^ ワン・ダイレクションのハリーに映画俳優になるチャンス到来!?しかしその条件とは”. 2014年2月20日閲覧。
  17. ^ Harry Styles offered movie career - if he dates Harvey Weinstein’s daughters”. 2014年2月20日閲覧。
  18. ^ 第86回アカデミー賞授賞式に登場したデリバリーピザ店が一躍有名に!”. 2014年3月4日閲覧。
  19. ^ オスカー作品を多数輩出し、莫大なオスカーのキャンペーン費用を使うことで有名なハーヴェイをネタにした。

外部リンク[編集]