ハーマン・ケイン

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ハーマン・ケイン
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ハーマン・ケイン

ハーマン・ケインHerman Cain, 1945年12月13日 -)はアメリカ合衆国ジョージア州アトランタ在住の実業家コラムニスト政治家ラジオショーのホスト。 ファストカジュアル イタリアンレストランのゴッドファーザーズピザ取締役会長最高経営責任者カンザスシティ連邦準備銀行取締役会の副会長(1992-1994)、会長(1995-1996)などを歴任。 所属宗派はナショナル バプテスト コンベンション USA。グロリア夫人との間に娘メラニーと息子ヴィンセントの二子がある。2012年アメリカ合衆国大統領予備選挙共和党候補に名乗りを挙げたこともある。

経歴[編集]

ハーマン・ケインはテネシー州メンフィスで、父ルーサー・ケイン・ジュニアと母レノラ・デイビス・ケインとの間に生まれ、ジョージア州アトランタで育った。弟にサーマン・ケインがいた。[1]  貧しい、公営住宅暮らしであったが、父母には、自分たちの家を持ち、息子たちを大学に行かせ無事卒業させる夢があった。農場育ちで労働者であった父ルーサーは、コカ・コーラ社のお抱え運転手、パン工場の夜勤の用務員、空き時間には散髪、と3つの仕事をしていた。母レノラも家庭内労働者として働いた。 ケイン自身によると、家族は信仰に厚く、愛情に満ちており、アメリカンドリームの確信にあふれていた。[2] 母は彼に「成功というのは、物質的にはじめるものではなく、スピリチュアル(Spiritual)にはじめるもの」と教えていた。[3] 貧しかったが、幸せだったとケインは語っている。 父は長年にわたるいくつもの仕事で貯めたお金で、家族のためにアトランタのアルバート・ストリートにささやかなレンガ造りの家を購入し、母を含め家族を驚かせた。両親の支えのもと、ハーマンはジョージア州のモアハウス大学1967年数学学士号を取得、弟のサーマンもモーリス・ブラウン大学を卒業した。ハーマンはさらにインディアナ州にあるパデュー大学コンピュータサイエンスの修士号を得たが、その間アメリカ合衆国海軍省で数学者として弾道計算に関する仕事についていた。卒業後アトランタ州に戻りコカ・コーラ社でシステムアナリストとして働いた。1968年にグロリア・アチソンと結婚。

実業家へ[編集]

コカ・コーラ社での仕事がかなり成功した後の、1977年31歳の時に、ピルズベリー社に加わり、3年以内に彼は若くして副社長の位置に付くことが出来た。彼はピルズベリーの子会社のハンバーガーチェーン店バーガーキングにて仕事を始めるために、1982年にピルズベリーの副社長を辞任した。彼はトイレ掃除やハンバーガー調理など、僅か9ヶ月間で管理者訓練プログラムを修了した。その後、フィラデルフィアにあるバーガーキングの400店舗を任されて管理していた。苦労はしていたが、彼は3年以内にフィラデルフィア店舗で一番の位置にあった。そして、1986年ピルズベリーは彼を経済難にあった、ネブラスカ州ピザチェーン店ゴッドファーザーズピザの最高経営責任者(CEO)に任命した。そして、彼がCEOになって、このチェーン店は14ヶ月で収益を取り戻す事に成功し、全国で5番目の規模を誇るピザチェーン店に成長した。1988年に彼はピルスベリーから、会社の買収において彼のエグゼクティブチームを率いた。また同年に全米レストラン協会(NRA)のCEOに選出され、1994年から1995年にもNRAのCEOとして勤めた。その間に、彼は全米のディベートに置いて、プロビジネスの開発のためや、医療保険制度改革や雇用政策、課税に関するスピーチ演説もしていた。

政治活動[編集]

クリントンの医療保険制度改革計画失敗に置ける役割[編集]

1994年頃から彼は政治に積極的になる様になり、タウンホールミーテイングでのテレビ中継でビル・クリントン大統領と議論する機会があり、当時ビル・クリントンとヒラリー・クリントン夫妻の政権が導入しようとしていた、医療保険改革計画は中小企業に大きな打撃を受けるだろうと主張したり、医療保険改革とそれに関する経済影響に疑問を投げかけたり、ビルとヒラリーのクリントン夫妻がやろうとしている、医療保険改革計画はハリーとルイーズ広告の様だと、クリントンを皮肉ったりして批判した。議論でクリントンは彼に対してイライラし、うまく反論出来ずにいた。クリントンの医療保険改革計画は結果的に廃案となっており、クリントン政権の医療保険改革計画の失敗に一役買っている。

カンザスシティ連邦準備銀行[編集]

1992年から1994年まで、ニュート・ギングリッチ下院議長や上院多数党院内総務のボブ・ドールが設立したカンザスシティ連邦準備銀行の副会長と取締役を勤め、経済成長と税制改革法に勤めるよう、彼は任命されている。

その他にもネブラスカ州オマハクレイトン大学ナビスコ社、スーパーマーケットのスーパーバリュー社、ユナイテッド社、ワールプール・コーポレーションなどにも勤めていた。

1996年の大統領選挙のボブ・ドールのキャンペーン活動[編集]

1996年の大統領選挙では共和党候補のボブ・ドールとドールの副大統領候補のジャック・ケンプのキャンペーンの上級顧問として、キャンペーン活動も行っていた。

上院選へ立候補[編集]

2004年に彼はジョージア州の共和党の上院に立候補した。選挙で、自分が真の保守派である事など主張していたが、しかし、共和党指名争いでマック・コリンズより、投票数が上回っていたが、ジョニー・イサクソンには及ばず、2位で共和党指名で落選した。

アトランタの保守的なラジオニューストーク番組、News Talk 750 WSBのホストとして勤めていた。またFOXニュース・ビジネスとシンジケート・コラムニストでのコラムニストとしても活躍していた。

2010年ロン・ポールの下、共和党の影響力の動きを反映して、自身のラジオ番組で、ロン・ポールの金本位制のサポートを発表していた。

2012年大統領選挙[編集]

セクシャルハラスメント疑惑

2011年5月21日に彼は2012年の大統領選挙での共和党候補として出馬宣言した。共和党候補唯一の非白人の黒人系候補で、保守的で医療保険改革に反対する立場などから、新鮮さを求めるティーパーティー運動から根強い支持を得た。

2011年9月24日に行われた2012年の米大統領選に向けた共和党候補者への模擬投票にて、テキサス州リック・ペリー知事、ミット・ロムニーマサチューセッツ州知事らを破り、トップになった。大統領選で彼は連邦所得税、法人税、消費税を全て9%にする「999TAX(ナイン・ナイン・ナイン・タックス)」政策という税制の計画を提唱。経済学者のアーサー・ラッファーポール・ライアン下院議員がケインが提唱した、この計画に支持を表明している。その他のケインの支持者に、コロラド州下院議員トム・タンクレードニューハンプシャー州共和党の元会長及び同州の元知事候補ジャック・キンボール、ケイン支持のアーティストの共同創設者の代表者のカントリーロックのリック・モンロー、カントリーシンガーのリー・グリーンウッド、クリスチャン・ ミュージックのマイケル・W・スミス、俳優のデニス・ミラーニック・サーシーら著名人らがケインの支持表明をしている。保守派の大物マイク・ハッカビーは正式にケインの支持表明をしていないが、5月28日にハッカビーが司会を務めるFOXニュースのトーク番組にケインがゲスト出演した時、ハッカビーから「素晴らしい保守候補だ」と言われた。

しかし10月以降はセクシャルハラスメント疑惑[4]や不倫疑惑[5]が浮上し、ケインが全米レストラン協会(NRA)のCEOだった時、ケインにセクハラを受けたと訴える元従業員の女性が現れた。さらにシャロン・ビアレク、オバマ政権で財務省で広報担当を務めるカレン・クラウシャーらがケインにセクハラ受けた事があると告発し、11月28日にジンジャー・ホワイトと言う女性が13年間、不倫関係があったと告発した。これに対してケインはセクハラ行為も不倫もしていないと全面拒否し、一連のセクハラや不倫疑惑は全くのでたらめで、候補指名を妨害する為の攻撃だと、ケインにセクハラや不倫関係があると告発した5人の女性と、セクハラと不倫疑惑を大きく取り上げたリベラル系メディアを強く批判し、対決姿勢を示した。しかし、セクハラや不倫疑惑がメディアで大きく取り上げられ大きな話題となった事で、人気が下降。12月3日に妻・家族のプライバシーを守る為と共和党候補指名争いから撤退を余儀無くされ、共和党候補指名争いからの撤退を発表した[6][7]

大統領選撤退とその後の政治活動[編集]

共和党候補指名争い撤退後、彼はセクハラと不倫関係の疑惑の無実証明の為、2011年11月8日に雇ったベテラン弁護士L・リン・ウッドと共に法廷の場で全面対決の姿勢を見せている。また、政治活動も続ける意向も示しており、2012年1月10日には11月6日に行われるフロリダ州の共和党上院に出馬するクレイグ・ミラー候補の支持活動を行う方針を示している他、1月28日にはジョージア州の第9区下院に出馬するマーサ・ゾラー候補や2月10日にはオハイオ州第9区下院に出馬するジョー・ザ・プラマー(配管工のジョー)ことサミュエル・ジョセフ・ワーゼルバッカーへの支持活動も行う方針を示している(何れの候補者達はケインが提唱した「999TAX(ナイン・ナイン・ナイン・タックス)」政策を支持している)。サウスカロライナ州で行われた共和党の大統領候補指名の予備選ではケインの支持者であった、コメディアンのスティーヴン・コルベアが冗談で「コルべー・スーパーPAC」を作り、サウスカロライナ州の人達に対してケインへの投票を呼びかけた広告ビデオを作り、コルベアの呼びかけで、ケインも面白そうだと、コルベアと一緒に同州でコルべー・スーパーPACの集会も開いた。ミット・ロムニーやギングリッチら共和党候補者が同州で予備選をしている中、約1%に当たる6324人の同州の投票者がコルベア主催のコルべー・スーパーPACでのケインに票を入れていた。1月28日にギングリッチ候補の正式な支持を表明をした。

2012年1月4日にケインはソリューション革命を発表した。これはケインが選挙前に議会の議員達からケインが提案する999TAXの支持させる為の活動である。

2012年11月7日にオバマ大統領の再選の後、ケインは第三の党の必要を求めた。共和党はもはや保守派の利益を表さないし、再度それ自体にブランドを付ける能力を持たなくなったとブライアン・フィッシャーのラジオ番組で伝え、ロン・ポールでは無い第三者の合法的で真の保守的な党が必要と伝えた。

政策スタイル[編集]

経済では減税を主張し、小さな政府を主張している。IRSの廃止も主張している。

保守的で、人工妊娠中絶に反対で、アメリカ家族計画連盟を推進している。医療保険改革にも反対の立場である。

黒人ムスリム初の民主党下院議員キース・エリソンが連邦議会で行った就任宣誓で、聖書ではなくコーランを使用して宣誓をしたのを批判していた。ムスリムがシャリーアを持ち込んで政権に入り込む事は許されないと、2011年4月7日に保守系のクリスチャニティ・トゥディや保守系ラジオの司会者ローラ・イングラハムのインタビューで語っている。2011年7月15日にテネシー州マーフリーズボロでムスリム住民によるモスク建設計画があった時、モスク建設に反対する地元住民の人達と共に抗議活動の集会を行い、モスク建設は我々の信仰の自由の侵害と乱用であり、このモスク建設はイスラーム過激派を生むので、モスク建設に賛成しないと発言ていた。また、隣人としてムスリムは信用出来ないとも発言しており、反イスラーム主義的な態度を表明していた。

中東政策での立場ではイスラエルを支持している。アフガニスタンでの対テロ戦争とイラク戦争も支持している。オバマ政権の対中東政策を一貫して批判しており、中東の民主化運動いわゆる「アラブの春」を支持し、リビアへの軍事介入を行ったオバマ大統領の政策を「アルカーイダを助長させた」と非難していた。

彼はオマハにいた時、問題を抱えた10代の若者を救うための、福音派系のジョー・エドモンソン青少年アウトリーチプログラムの委員とて活動を続けていた。1996年に同アウトリーチプログラムの利益になる為に賛美歌ゴスペル)が記録したCDも出している。

黒色のステットソンカウボーイハットの帽子をトレードマークにして、演説などの活動などで帽子を被っている時がある。

2006年に結腸と肝臓にの疑いがあると診断された。診断後、手術と化学療法で治療し、それ以来癌はないと報告している。

関連項目[編集]

  • 999TAX(ナイン・ナイン・ナイン・タックス)<en:9-9-9 plan>(ゲームのシムシティ4の商業税、住居税、工業税を9%にしたりするデフォルトの税金システムが似ている事から注目された。シムシティのリードプロデューサー、キップ・ カツァレリスは、シムシティ4のゲームの為に設計された簡易課税制度を現実の世界で提案して試そうとするハーマン・カインの行動を見るのが非常に興味深く面白いとコメントしている。)
  • 劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕(本作のアメリカ公開版の主題歌の一節を自身の演説に流用した疑惑がある)

脚注[編集]

外部リンク[編集]