ハンブルク級駆逐艦
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| ハンブルク級駆逐艦 | ||
|---|---|---|
| 艦級概観 | ||
| 艦種 | 駆逐艦 | |
| 艦名 | 西ドイツの州の名 | |
| 就役期間 | 1964年 - 1994年 | |
| 同型艦 | 4隻 | |
| 前級 | Z1級(119型)駆逐艦 (旧米海軍フレッチャー級駆逐艦) |
|
| 次級 | ブランデンブルク級フリゲート | |
| 性能諸元 | ||
| 排水量 | 基準:3,340t | |
| 満載:4,680t | ||
| 全長 | 133.7m | |
| 全幅 | 13.4m | |
| 吃水 | 6.2m | |
| 機関 | 蒸気タービン方式, (68,000shp) | |
| ボイラー | 4基 | |
| タービン | 2基 | |
| 推進器 | 2軸 | |
| 速力 | 34 kt | |
| 航続距離 | 3,400 nmi / 18 kt | |
| 乗員 | 268名 | |
| 兵装 | Mle.54 100mm単装砲 (改装後は3基) |
4基 |
| 40mm連装機銃 | 4基 | |
| エグゾセMM38 SSM連装発射筒 (改装後) |
2基 | |
| M/50 375mm対潜ロケット4連装発射機 | 2基 | |
| 533mm単装魚雷発射管 | 4門 | |
| 爆雷投射機 | 2基 | |
ハンブルク級駆逐艦 (ドイツ語: Hamburg-Klasse Zerstörer) は、西ドイツ海軍の駆逐艦。101型駆逐艦(Klasse 101)とも呼ばれる。
[編集] 概要
1955年、西ドイツは再軍備を開始し、ドイツ連邦軍を編成した。本級は、西ドイツ初の国産駆逐艦として、新生ドイツ海軍の洋上兵力の基幹を為すものとして計画された。本級の整備計画は駆逐艦55(Zerstörer 55)として進められ、12隻の整備が計画されていた。ただし、財政上の問題によって、最終的には4隻が建造されたのみに留まった。建造はシュトゥルケン・ゾーン社ハンブルク造船所とH・C・ストラッケン社ハンブルク造船所で行なわれた。
本級は当初、対潜戦を主眼とするものとして開発された。しかし、1975年から1977年に各艦、3番100mm単装砲を撤去してエグゾセ対艦ミサイル連装発射筒2基を装備、艦首と艦尾にあった魚雷発射管を上甲板中央部に移設、電子機器の更新などの近代化改装工事を受けた。この改装後の艦をとくに101A型とも呼ぶ。なお、101A型では、リンク 11の運用能力を有するPALIS戦術情報処理装置によって海軍戦術情報システムを備えているが、武器管制との統合は不十分であった。
1994年までに全艦退役している。
[編集] 同型艦
| 艦番号 | 艦名 | 起工 | 進水 | 就役 | 退役 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| D181 | ハンブルク Hamburg |
1960年 1月29日 |
1960年 3月26日 |
1964年 3月23日 |
1994年 2月24日 |
1998年、スペインにて解体。 |
| D182 | シュレースヴィヒ=ホルシュタイン Schleswig-Holstein |
1959年 8月20日 |
1960年 8月20日 |
1964年 10月12日 |
1994年 12月15日 |
1998年、ベルギーにて解体。 |
| D183 | バイエルン Bayern |
1961年 2月15日 |
1962年 8月14日 |
1965年 7月4日 |
1993年 12月7日 |
1995年、デンマークにて解体。 |
| D184 | ヘッセン Hessen |
1961年 2月1日 |
1963年 5月4日 |
1968年 10月8日 |
1990年 3月29日 |
1991年、ポルトガルにて解体。 |
ハンブルク級駆逐艦は4隻とも、1965年4月1日にヴィルヘルムスハーフェンにて編成された第2駆逐艦戦隊(2. Zerstörergeschwader)に配備された。
第2駆逐艦戦隊は1994年9月27日に解隊されたが、その伝統は1994年9月28日に編成された第6フリゲート戦隊(6. Fregattengeschwader:ブランデンブルク級フリゲートが配備されていたが、2006年1月に解隊)が引き継いだ。
[編集] 外部リンク
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