ハンニバル・ギスコ

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ハンニバル・ギスコ(Hannibal Gisco、- 紀元前260年)はカルタゴ将軍。主に海軍を率いて、第一次ポエニ戦争初期に登場した。なお第二次ポエニ戦争ハンニバルとは別人物であり、血縁関係も恐らくない。

歴史として登場するのは紀元前261年アグリジェント沖の海戦でローマ海軍と戦っている。ハンノの増強、彼自身も粘り強さを発揮するが、アグリジェントはローマの手の落ちる。しかしながら彼はカルタゴ軍を指揮し続け、メッシーナ海峡で計略をかけ、リーパリ沖でローマの執政官グナエウス・コルネリウス・スキピオを捕虜とする事に成功、囚われた彼スキピオは以降「アシナ(=ロバ)」と名付けられる。

しかし残存する海軍をもう一人の執政官ドゥイリウスが結集、ギスコの軍とミュラエ沖で会戦、ローマ海軍の新兵器「コルウス」により海上戦闘を甲板上の陸戦に変えさせられ敗北した。この敗戦で、ギスコの旗艦も含む多くの軍艦をローマに奪われた。

この敗戦の責でギスコは他のカルタゴ将軍とともにカルタゴ政府によって処刑された。

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