ハンス=ゲルト・ペテリング

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ドイツの旗 ドイツの政治家
ハンス=ゲルト・ヘルマン・ペテリング
Hans-Gert Hermann Pöttering
Pöttering, Hans-Gert-9757.jpg
カール大帝賞授賞式において(2007年)
生年月日 1945年9月15日(68歳)
出生地  ドイツ ニーダーザクセン州ベルゼンブリュック
所属政党 ドイツキリスト教民主同盟
欧州人民党
サイン Hans-Gert Pöttering signature.svg
公式サイト poettering.eu

任期 2007年1月16日 - 2009年7月14日
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ハンス=ゲルト・ヘルマン・ペテリングHans-Gert Hermann Pöttering, 1945年9月15日 - )はドイツ政治家ニーダーザクセン州ベルゼンブリュック出身。第27代欧州議会議長

1979年の第1回直接選挙から欧州議会議員の職にあり、1999年から2007年までは欧州人民党・欧州民主主義グループ (EPP-ED) の会派代表を務めていた。2004年の欧州議会議員選挙では、ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) の比例代表の候補としては最上位だった。欧州社会党グループとの取り決めにより、2007年1月16日からジョセップ・ボレルに代わり、欧州議会の任期後半の議長に就任した。

学歴・職歴[編集]

ペテリングはボン大学ジュネーヴ大学ジュネーヴ高等研究所で、法学政治学歴史学を専攻した。ニューヨークコロンビア大学での研究滞在後、1974年にボン大学で論文『Die verteidigungspolitische Konzeption der Bundesregierung von 1955 - 1963, unter besonderer Berücksichtigung der Militärstrategie der USA』(アメリカ軍事戦略における特別な配慮の下での西ドイツ政府の1955年から1963年における防衛政策構想)をまとめ、博士号を取得した。1976年には第2次国家試験(司法試験)を受験した。1976年から1979年にかけて研究員、1989年からはオスナブリュック大学非常勤講師として勤めた。また 1995年にはオスナブリュック大学の客員教授に任命された。

ペテリングは欧州の政治に関する著書を多く出版している。

オスナブリュック近郊のバート・イーブルク在住。カトリック教徒。妻とは離婚しており、息子が2人いる。

政歴[編集]

ドイツ[編集]

1974年から1980年の間、ニーダーザクセン青年部の欧州政治部門のスポークスマンを務め、その後1981年から1991年にかけてニーダーザクセン欧州連邦主義者連合の地区議長に就いた。1997年から1999年にはドイツ欧州連邦主義者連合の代表を務めた。

1990年には CDU オスナブリュック地区支部の代表に就任。CDU 執行部役員、コンラート・アデナウアー基金役員も務めた。

このほか、バート・イーブルク射撃協会、バート・イーブルク中高等学校友好促進協会役員、社団法人ドイツ青年議会学芸員、市民運動Europa eine Seele geben(欧州を文化の力でさまざまな分野で統一させようとするもの)運営委員会委員長代理なども歴任した。

ヨーロッパ[編集]

ペテリングは1979年以降、オスナブリュック・エムスラントオストフリースラント地域から欧州議会議員に選出されている。

1994年から1999年にかけて、欧州議会の会派である欧州人民党グループ(キリスト教民主系会派、EPP)の代表代行、欧州民主主義グループ (ED) の代表代行を務めている。

1989年から1994年の間には、欧州議会の安全保障・軍備縮小分科委員会委員長を務めた。また1994年から1996年にかけてのEPP-EDの作業部会Regierungskonferenz 1994(欧州各国にある保守系政党の行動や関係を調整する部会)の会長としての活動においては、部会で纏めた会派の行動文書案について、1995年11月上旬にマドリードで開かれた EPP の総会で多くの賛成を得て可決させた。この文書は EPP のアムステルダム条約に対する立場を表している。

1996年から1999年には、EPP-ED における欧州連合拡大に関する作業部会の会長を務めた。

1999年から2007年にかけて、欧州議会会派の EPP-ED 代表を務めた。

2007年1月16日に欧州議会議長に選出された[1]。議長選挙の際には、第1回投票で選出に必要とされる全体の有効投票数の過半数を100票以上上回る票を獲得した。

表彰歴[編集]

ペテリングは数多くの賞を受けている。とりわけ、EPP のロベール・シューマン・メダルドイツ連邦共和国功労勲章オーストリア共和国名誉徽章Mérite Européen en or(ヨーロッパ・メリット勲章 金章)、イタリア共和国功労勲章(カヴァリエーレ・ディ・グラン・クローチェ)が挙げられる。

著書[編集]

  • Adenauers Sicherheitspolitik 1955 - 1963. Ein Beitrag zum deutsch-amerikanischen Verhältnis, Droste Verlag 1975, ISBN 3770004124
  • Europas Vereinigte Staaten, Edition Interfrom 2000, ISBN 3720152375 ルトガー・キューンハルト (Ludger Kühnhardt) との共著
  • Weltpartner Europäische Union, Edition Interfrom 2001, ISBN 3720152529 キューンハルトとの共著
  • Kontinent Europa. Kern, Übergänge, Grenzen, Edition Interfrom 2002, ISBN 3720152766 キューンハルトとの共著
  • Von der Vision zur Wirklichkeit. Auf dem Weg zur Einigung Europas, Bouvier 2004, ISBN 3416030532

脚注[編集]

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  1. ^ 欧州議会: Der Dienstag im Plenum: Wahlen 2007年1月17日

外部リンク[編集]

公職
先代:
ジョセップ・ボレル
欧州議会議長
2007年1月16日 - 2009年7月14日
次代:
イェジ・ブゼク