ハリー・リード
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ハリー・リード
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| 現職 | |
| 就任 1987年1月3日 ジョン・エンスン2001年1月3日 - 2011年5月3日[1] ディーン・ヘラー2011年5月9日 - と共同 |
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| 前任者 | ポール・ラクソルト |
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第24代 上院多数党院内総務
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| 現職 | |
| 就任 2007年1月4日 |
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| 代理官 | ディック・ダービン |
| 前任者 | ビル・フリスト (R) |
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第21代 上院少数党院内総務
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| 任期 2005年1月3日 – 2007年1月3日 |
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| 代理官 | リチャード・ダービン (D) |
| 前任者 | トム・ダシュル (D) |
| 後任者 | ミッチ・マコーネル (R) |
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第25、27代 上院少数党院内幹事
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| 任期 2001年1月3日 – 2001年1月20日 2001年6月6日 – 2003年1月3日 |
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| 指導者 | トム・ダシュル (D) |
| 前任者 | ドン・ニックルズ (R) |
| 後任者 | ドン・ニックルズ (2001) ミッチ・マコーネル (2003) |
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アメリカ合衆国下院議員
ネバダ州第1区選出 |
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| 任期 1983年1月3日 – 1987年1月3日 |
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| 前任者 | ジェームズ・デヴィッド・サンティーニ (全州区) |
| 後任者 | ジェームズ・ビルブレイ |
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ネバダ州副知事
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| 任期 1971年 – 1975年 |
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| 知事 | マイク・オカラハン |
| 前任者 | エドワード・ファイク |
| 後任者 | ロバート・E・ローズ |
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ネバダ州ゲーミング委員会委員長
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| 任期 1977年 – 1981年 |
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上院倫理委員会委員長
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| 任期 2001年6月6日 – 2003年1月3日 |
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| 前任者 | パット・ロバーツ |
| 後任者 | ジョージ・ヴォイノヴィッチ |
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上院環境公共事業委員会委員長
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| 任期 2001年1月3日 – 2001年1月20日 |
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| 前任者 | ロバート・C・スミス |
| 後任者 | ロバート・C・スミス |
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ネバダ州下院議員
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| 任期 1969年 – 1970年 |
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ヘンダーソン市代理人
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| 任期 1964年 – 1966年 |
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| 出生 | 1939年12月2日(73歳) ネバダ州サーチライト |
| 政党 | 民主党 |
| 配偶者 | ランドラ・グールド |
| 子女 | 4男1女 |
| 居住地 | ネバダ州サーチライト |
| 母校 | 南ユタ大学 (A.A.) ユタ州立大学 (B.A.) ジョージ・ワシントン大学 (J.D.) |
| 専業 | 法律家 |
| 信仰 | 末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教) |
| 署名 | |
| ウェブ サイト |
Official site |
ハリー・メイソン・リード(Harry Mason Reid, 1939年12月2日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。現在、連邦上院議員(ネバダ州選出)を務めている。所属政党は民主党で、宗教的にはモルモン教の信徒である。彼は2006年の中間選挙で民主党が勝利して以来強いリーダーシップを発揮している。
ネバダ州副知事などを務めた後に連邦下院議員に就任、2期4年に渡って務めた後に上院に転じた。上院議員としては、1986年に初当選を果たしたのを皮切りに任期・再選を重ねており、現在5期目(年数では24年目)である。また上院では、1999年から2005年まで上院民主党のナンバー2である院内幹事を務めたのち、2005年開会の第110回議会からは、前年の選挙で落選したトム・ダシュルの後を受けて上院民主党のトップである院内総務に就任、現在も同職を務めている。
目次 |
生い立ち [編集]
リードはネバダ州サーチライトでハリー・リードおよびアイネズ夫妻の間に生まれる[2]。サーチライトはラスベガスの南東50マイルに位置する炭鉱夫の町であった。彼はヘンダーソンのベーシック高校に通い、フットボールとボクシングに勤しんだ[3]。高校で彼は後の州知事であるマイク・オカラハン(当時同高校の教員であった)に出会う。高校を卒業すると、リードは南ユタ大学およびユタ州立大学に通った。
リードはその後合衆国議会警察で勤務し、その間にジョージ・ワシントン大学法学部を卒業した。リードは故郷のネバダ州に戻り、ヘンダーソン市の代理人となった。1968年、ネバダ州下院議員に当選し、1970年にはオカラハン知事の副知事候補として知事選を戦った。
2010年の中間選挙では全米で民主党に対する逆風が吹き荒れ苦戦を伝えられたが、本選では共和党のティーパーティー系候補シャロン・アングルに事前の調査以上の差をつけて5選を果たした。上院では民主党が議席を減らしたものの多数派を維持したため、引き続き多数党院内総務の任に当たる。
政治経歴 [編集]
ネバダ州下院議員を1969年から1970年と務め、1971年にはネバダ州副知事に就任し1975年まで務めた。
1977年にネバダ州ゲーミング委員会委員長に就任、1981年まで務めた。
1982年の中間選挙でアメリカ合衆国下院議員に初当選、1983年から1987年まで2期4期務めた。
1986年の中間選挙でアメリカ合衆国上院議員選挙に鞍替え、以来5期連続当選している。また民主党上院院内総務を2005年から務めている。
発言 [編集]
2012年のロンドンオリンピックの公式ユニフォームが中国製であることに対してアメリカオリンピック委員会は自ら恥じるべきと弾劾「既に出来たユニホームすべてを山積みにして燃やすべきだ」と主張した[4]。
参照 [編集]
- ^ エンスンは不倫スキャンダルが原因で同日付で辞職。
- ^ Seelye, Katharine Q. (2001年5月28日). “PUBLIC LIVES; From a Miner's Shack to the Senate, Guided by a Light”. New York Times 2010年1月11日閲覧。
- ^ http://www.adherents.com/largecom/lds_Reid.html
- ^ “米五輪ユニホームは「中国製」、議会ら猛反発 ソチ冬季五輪は「米国製」に”. CNN (2012年7月14日). 2012年7月14日閲覧。
外部リンク [編集]
- Senator Harry Reid official U.S. Senate website
- Senator Harry Reid official campaign website
- New York Times ongoing collection of news and commentary related to Reid
- The New Republic: 'Tough Reid: Is The Majority Leader A Partisan Or A Pushover?'