ハリー・プライス

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ハリー・プライス(1922年)

ハリー・プライス(Harry Price, 1881年1月17日 - 1948年3月29日)は、超常現象に強い関心を持ち続けた「ゴースト・ハンター」。

カリスマ性があったといい、マスコミにもよく登場していた。スピリチュアリストには、ヘレン・ダンカンエクトプラズムをチーズ・クロスだと述べた本「Regurgitation and the Duncan Mediumship」の著者としても知られている。

一方、学者ばかりのSPRに、マジックによる詐欺行為の知識をもたらしたとされ、ルディ・シュナイダーやStella C.の調査の厳密さは現在も評価されている。なおSPR会長だったことがあるH.H.プライスとは別人。

年譜[編集]

  • 1881年 ロンドンの雑貨商・外交員の家庭に生まれる。
  • 1889年 8歳でマジックショーを見て夢中になる。後年、膨大な量のに関する書籍を収集し、アマチュアのマジシャンになった。
  • 1896年 友人と幽霊屋敷に出かけ、階段を昇り降りする足音を聞く。
  • 1908年 様々な職についた後、富裕な女性と結婚。以後はマジックの知識を生かして幽霊屋敷や霊媒の調査を開始。
  • 1920年 SPRに加入、どぎつい手法と絶え間ない自己宣伝で、SPR内に多くの敵を作ったという。
  • 1922年
    • 「Cold Light on Spiritualistic Phenomena」出版。
    • 「Revelations of a Spirit Medium (with Eric Dingwall) 霊媒のすっぱ抜き」出版。
  • 1923年
    • 偶然、看護婦で霊能力があるStella Cranshawと出会い、超常現象を認める。
    • National Laboratory of Psychical Research of London 設立。
  • 1925年 「Stella C.」出版。
  • 1926年 少女Eleonora Zuganの聖痕念動を調査。Eleonoraが思春期に入ると現象が消えたため、調査は中断。
  • 1927年 SPRがハリー・プライスの寄贈本(マジックに関する膨大なコレクション)を本人に返還。
  • 1929年
    • 「Catalogue of Works on Psychical Research」出版。
    • ウィリとルディ・シュナイダー姉弟を調査し、真正の超常現象が起きたと発表。
    • 幽霊屋敷のボーリー牧師館の調査を開始。
  • 1930年 「Rudi Schneider: A Scientific Examination of his Mediumship」出版。
  • 1931年 「Regurgitation and the Duncan Mediumship 吐き戻しとダンカンの霊媒能力」出版。
  • 1932年 シュナイダー姉弟を再調査し、一転して彼らがペテン師だったと発表。交霊会で写真をとったところ、ルディの脚がテーブルに届いていたのが判明したという。
  • 1933年
    • 「An Account of Some Further Experiments with Rudi Schneider」出版。
    • 「Leaves from a Psychist's Case-book」出版。
  • 1937年 ある交霊会に招待され、物質化した少女ロザリーと母親の姿を見、触れ、部屋が完全に密封されていたことを確認して衝撃を受ける。彼はそれを公表したが、交霊会の場所やメンバーを他言しない約束を守ったため、死後の誹謗中傷の一因となったという。
  • 1940年 ボーリー牧師館について「The Most Haunted House In England 英国で最も幽霊が出る家」出版。
  • 1944年 ヘレン・ダンカン裁判。プライスの「エクトプラズム=チーズクロス」説が検察に引用される。
  • 1946年 再度ボーリー牧師館について「The End of Borley Rectory ボーリー牧師館の最期」出版。牧師館の本は非常によく売れ、牧師館の跡は現在も「観光名所」となっている。
  • 1948年 サセックスの自宅で心不全を起こして突然他界、67歳。長年一緒に調査してきた同僚をはじめ、SPR会員からも中傷・個人攻撃的な報告書がいくつも発表された。幼年時代に関する詐称などが明らかになり、さらに牧師館や他の報告まですべて彼のでっち上げだと主張するものがあったため、混乱を招いた。冷静な報告書もあったが、結果的に、より一般大衆がSPRに対する興味を失う一因となったという。

参考[編集]