ハインリヒ・ダレスト

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Heinrich Louis d'Arrest

ハインリヒ・ルイス(ルートヴィヒ)・ダレスト(Heinrich Louis d'ArrestまたはHeinrich Ludwig d'Arrest、1822年7月13日 - 1875年6月14日)はプロシア天文学者ライプツィヒ大学で天文学の教授を務めた。ヨハン・ガレのもとで働いていた学生時代に海王星発見に貢献したエピソードで知られる。

ベルリンユグノーの末裔の家に生まれる。学生であったダレストはユルバン・ルヴェリエの予測で、新惑星を探していたガレのもとで観測し、1846年9月23日、ルヴェリエが予測した場所に星図にない星を見つけた。続く2夜の観測によってこれが新惑星であることが確認され、後に海王星と命名された。軌道の理論計算から天体が見つかった最初の例として天文学史に残った。

その後ライプツィヒ天文台で働き、1851年に6P/ダレスト彗星を発見したほか、小惑星(1861年に(76)フレイアを発見している)や星雲の研究を行った。1864年には火星の衛星を捜索したが失敗に終わり、火星から70以内に衛星1つが存在する可能性を指摘した。デンマークコペンハーゲンで没した。

1875年に王立天文学会ゴールドメダルを受賞し、ダレスト・クレーター火星衛星フォボスのクレーター、小惑星(9133)ダレストは彼の功績を記念して命名されている。