ハイサイおじさん

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ハイサイおじさん』は、沖縄県のミュージシャン「喜納昌吉&チャンプルーズ」の代表的な楽曲である。

[編集] 概要

中学時代に作曲された喜納昌吉のデビュー曲でもある。意味は「こんにちは、おじさん」。1976年に発売され、沖縄県で大ヒット。喜納の子ども時代の体験を元に制作された。

同年、ロックミュージシャンの久保田麻琴のアルバム『ハワイチャンプルー』でカバーされた。また、大阪のラジオパーソナリテイの中村鋭一キダ・タローのアレンジで吹きこみ、関西圏でヒットした。この時はスローテンポのヴァージョンであった。全国的に知れ渡ったのは、1977年11月にアルバム『喜納昌吉とチャンプルーズ』収録の、アップテンポのロック調にアレンジされたヴァージョンである。沖縄県発の全国区的ヒット曲の走りとも言える。なお、現在の沖縄県では新作の沖縄民謡として認知されている。
最初のレコードシングル盤は地元のマルフクレコードから出された。その後、メジャーデビューし、フィリップスレコードでも出された。尚、マルフク盤とフィリップス盤の物はバージョンが違っているらしい。
そのフリップスから出されたメジャーシングル盤のジャケット画を描いたのは、赤塚不二夫である。その後もリメイクバージョンが日本コロムピアからCDシングルで出されている。
尚、日本コロムビアは、本作の最初のマルフクのシングル盤のレコードの製造元でもあり、シングル盤の袋も同社の物だった。

志村けんのバカ殿様の名義で歌った「変なおじさん」はこの曲の替え歌として有名。1992年には第二電電(現・KDDI)のCMでも替え歌のCMソングが流れていた。ニッポン放送のラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』のエンディングテーマとしても使われていた。沖縄県のレゲエユニットU-DOU&PLATYが3枚目のアルバム『BUSS UP』でカバーしている。

[編集] 野球との関わり

沖縄県代表応援団ではチャンステーマとして定着しており、カチャーシー(両手を頭上に掲げ、ひらひらと回しながら舞う沖縄舞踊の一種)を乱舞しながらこの曲を大合唱する姿は、高校野球ではすっかりおなじみの光景である。

[編集] エピソード

  1. 沖縄県代表校の応援は本土の県人会を中心に行っているが、他に同県出身の教諭が指導している市立尼崎高校の吹奏楽部も毎年友情参加している。沖縄県代表の応援に、学校を問わず「ハイサイおじさん」が必ず使われるのはこれが理由とされる。ちなみにこの曲の応援歌としての使用を提案したのも、教諭が部の顧問に就任した当時の私設応援団長である[要出典]
  1. 沖縄県出身の元プロ野球選手であるデニー友利(-ともり)が横浜時代、登場曲として使用したことがある。首脳陣から「あの曲は気が抜けたような感じがするから変えなさい」といった趣旨の指摘をたびたびされたが、自分の生まれた島に愛着を持つデニーは決して曲を変えなかった。