HICAS
HICAS (ハイキャス、High Capacity Actively Controlled Suspension)は、日産自動車が開発した電子制御4輪操舵システム(4WS)である。 自動車技術会「日本の自動車技術240選」[1]の「シャシー」部門で「乗用車として世界で初めて商品化された四輪アクティブ操舵システム」などとして選出されている[2]。
目次 |
[編集] 狙いと制御
4WSは操縦安定性を向上させることを狙ったものと、小回り性能を高めることを狙ったものに大別され[3]、HICASは前者に当たり舵角比例式4WSに対して操舵のタイミングや角度を研究し、過渡特性まで最適化することでシャシー運動性能のキャパシティ向上とドライバーの感覚に近い操舵とを両立することを狙って開発された[4]。
高速コーナリング時に後輪を前輪と同じ方向(同位相)に操舵すると、車体後部の横滑りなく後輪に横力を発生させて遠心力と横力を早期にバランスさせることで操縦安定性を高められる[3]。 しかし、単純な舵角比例式4WSでは、前輪操舵と同時に後輪の操舵が始まることで車体のヨー運動の応答性が抑えられてしまうこと、ターンインから定常コーナリングに入る過程で車体スリップ角が通常と逆(コーナー内側)になってしまうことから、ドライバーに違和感を生じたり、ヨー運動が遅れた分だけ旋回軌跡がコーナー外側に膨らんでしまったりする[5]。そこで、HICASには後輪の操舵タイミングを前輪の操舵から遅らせるディレイ制御が取り入れられた[4]。車体のヨー運動が始まってから後輪を転舵するという過渡特性まで考えた制御をすることで、車体スリップ角縮小による操縦安定性だけでなく、単純な舵角比例式4WSよりもドライバーの感覚に近い操舵を可能にした[6]。
さらに幅広い状況(緊急回避など)でドライバーの意図、期待に応えるためには、よりシャープな回頭性が必要になる[7]。これを実現するためにSUPER HICASでは位相反転制御が採用された[7]。
ディレイ制御では必要なヨー運動が始まるまで後輪を安定方向へ操舵するのを遅らせたが、位相反転制御ではこれをさらに積極的な方向へ進め、後輪のコーナリングフォースをヨー運動を促進するよう前輪の操舵に合わせて後輪を一瞬だけ逆位相に操舵し、次の瞬間には同位相に戻す。これにより操舵し始めの回頭性を向上させつつ、必要以上にヨー運動が大きくなるのを防ぐことができる[7]。
SUPER HICASを搭載したR33型スカイラインの実例を見ると、例えば100km/hで走行中に素早くハンドルを切ると、約0.1秒間だけ約0.02度逆位相へ操舵して回頭性を高め、その後約0.5度同位相へ操舵して操縦安定性を高めている[8]。なお、後輪操舵角が0.5度というのは小さく見えるが、100km/hで走行中にレーンチェンジでハンドルを45度操作した時の前輪の切れ角は1.8度程度であり、0.5度の操舵は操縦安定性に大きな影響を与えられる[8]。
なお、ディレイ制御を制御理論で表現すると、「一次遅れ」の項を[9]、位相反転制御は「一次進み」の項を加えた形になる[7]。
[編集] バリエーション
HICASには後輪操舵方法と制御の違いから4種のバリエーションが存在する。
[編集] HICAS
1985年発売の7代目スカイライン(R31型系)に最初に搭載された、世界初の後輪アクティブステア機構である。後輪のみを操舵、偏向させるものではなく、リアクロスメンバー左右の付け根に取り付けられた2組のパワーシリンダー(油圧アクチュエーター)により、クロスメンバーをラバーマウントの弾性範囲内で変位させる構造であった[10]。作動油圧はステアリング系と別で横加速度に応じた油圧を発生させており、電子制御バルブを介することで速度に合わせて操舵特性を変化できた[11]。高速時の安定性向上に特化した目的のため同位相にのみ動作し、後輪に最大0.5°の舵角を与え、低速(30km/h以下)では動作しなかった。
制御は前述のとおり、舵角比例式にディレイ制御を加えたものである。同位相制御のみで、低速での逆位相制御は行っていなかった[4]。
[編集] HICAS-II
MID4にHICAS-IIと一緒のものが載せられていたが市販化されず、1988年に発表されたシルビア (S13型系) / 180SXからHICAS-IIとして搭載された。後輪操舵機構は油圧アクチュエーターのシリンダーが1本になり、タイロッド式が採用された。操舵角は最大1°までに広がり、操縦安定性を向上させている。
HICAS-IIは共通のシャーシを持つセフィーロ (A31型系) / ローレル (C33型系) にも採用された。
[編集] SUPER HICAS
1989年5月発表のスカイライン (R32型系) 、同7月発表のフェアレディZ (Z32型系) では、前輪舵角・車速感応型で、車速センサーやステアリング舵角センサーの情報をもとにより複雑な制御を可能としたSUPER HICASが搭載された[12]。HICAS-IIまで使用された横加速度センサーに代わり、ステアリング舵角センサーでステアリングを切る速さ(角速度)を読み取ることにより、ドライバーの意図に即した車体操舵を可能にした[13]。作動油圧はステアリング系と別で横加速度に応じた油圧を発生させており、電子制御バルブを介することで速度に合わせて操舵特性を変化できた[14]。また、ディレイ制御に代わって後輪を一瞬逆位相にする位相反転制御を採用することで、中低速時の応答性を高めている[12]。
[編集] 電動SUPER HICAS
C34型ローレル登場に合わせアクチュエーターが電動に変更され、後輪操舵部分から一切の油圧機構を廃し、システムの簡素化とさらなるレスポンスの向上を目指した。後輪の操舵はリアサスペンション下側、後方のアームを左右に約3mm動かすことで最大1度の舵角が得られる[15]。モーターは中立位置から左右に約8回転回り、これがハイポイドギヤで減速されて左右45度回転する[15]。このハイポイドホイールギヤ軸に対し、偏心した位置にオフセットシャフトがタイロッドにつながり水平方向にのみ動くコネクティングロッドに接続されており、ハイポイドホイールギヤの回転が左右3mmの直線運動に変換される[15]。モーターは12V、20Aでロッドを300kgで動かす能力がある[15]。なお、ハイポイドギヤの非可逆性により、タイヤ側に外乱が入っても操舵に影響せず、コントローラからの指示によってのみ操舵されるようにできている[15]。
[編集] HICASのその後
スポーツカーやセダンのみならず、トレッドに対し重心位置が高めとならざるを得ないミニバンにも採用され、1991年発売のセレナ(C23型系) / ラルゴ(W30型系)にもオプション設定されていた。セレナの2WD最上位グレードとなるGXには、メーカーオプションの「ツーリングパック」にSuper HICASが設定されていた[16]。
R34型系までスカイラインでは、GT-Rおよびターボ車に電動SUPER HICASが装備されていたが、V35型系では商品コンセプトが異なることや、FMプラットフォームの優秀性を示すためもあり、採用されていない。同じFR-Lファミリーでは車重の大きいステージアのターボモデルのみに搭載されている。
2004年10月に発売されたフーガでは、新たにリアアクティブステアと名称を変えて搭載された[17]。後に、フロントもアクティブに操舵を支援する4輪アクティブステアがV36型系スカイラインに搭載されたが、後輪を操舵させる4WASリアアクチュエーターは電動SUPER HICASと同じくハイポイドギアを使ったものである[18]。
[編集] 脚注・出典
- ^ 従来は180選であったが、日本自動車技術会60周年にあたり、2007年5月より60選加わり240選となっている。((社)自動車技術会 創立60周年記念出版のご案内 自動車技術会ニュースリリース、2007年4月13日 を参照)
- ^ 240選 > シャシー > HICAS 「日本の自動車技術240選」自動車技術会、2007年5月(2011年12月29日閲覧)
- ^ a b 熊野学 『サスペンションの仕組みと走行性能』 グランプリ出版、1997年、164頁。ISBN 4-87687-183-3。
- ^ a b c 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、269頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、270頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、271-272頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ a b c d 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、272頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ a b 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、273頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、271頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、43頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、43-44頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ a b 熊野学 『サスペンションの仕組みと走行性能』 グランプリ出版、1997年、165頁。ISBN 4-87687-183-3。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、43頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、275頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ a b c d e 宇野高明 『車両運動性能とシャシーメカニズム』 グランプリ出版、1994年、274頁。ISBN 4-87687-150-7。
- ^ セレナ装備表 日産自動車Webカタログバックナンバー(2011年12月30日閲覧)
- ^ 日産「フーガ」、四輪操舵の「リヤアクティブステア」を採用 nikkei BP net、2004年10月15日
- ^ 自動車技術トレンド 第21回 日産スカイラインの4輪アクティブステア MOTOWN21.COM、2007年2月8日(2011年12月30日閲覧)