ハイアン・グレイシー

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ハイアン・グレイシー
基本情報
本名 ハイアン・グレイシー
通称 狂犬
悪童
グレイシー一族の問題児
国籍 ブラジル
誕生日 1974年8月14日
出身地 ブラジル
リオデジャネイロ州
命日 2007年12月15日(満33歳没)
所属 ハイアングレイシー柔術アカデミー
身長 174cm
体重 84kg
階級 ミドル級
スタイル ブラジリアン柔術
テーマ曲

ハイアン・グレイシーRyan Gracie1974年8月14日 - 2007年12月15日)は、ブラジルリオデジャネイロ州出身の男性ブラジリアン柔術家、総合格闘家

ブラジリアン柔術創始者カーロス・グレイシーの次男カーロス・ホブソン・グレイシーの四男。兄弟には、同じく総合格闘家の次男ヘンゾ・グレイシーや三男ハウフ・グレイシーがいる。ヒクソン、ホイス、ホイラー・グレイシー兄弟の「従弟」と紹介されることがあるが、実際には「ヒクソン等の従兄弟の子供」である。

目次

[編集] 人物

ストイックに柔術へ取り組んでいるイメージの強いグレイシー一族の中にあって、「ピストルで撃たれた」話や「相手の耳をかみちぎった」話、果てはハイアンに恨みを持ったマフィアによってさらわれ、廃車に閉じこめられたまま海に落とされた話など、ヒクソン・グレイシーホイス・グレイシーと同じ一族の人間とは思えないエピソードに事欠かない。通称「グレイシー最狂の喧嘩屋」。自称ストリートファイト400戦以上無敗。

ムラのある性格らしく、やる気の時には素晴らしいファイトをするが、モチベーションが低い時にはロクに練習もせずにスタミナ切れを起こすことも多い。2度目の石澤戦や桜庭戦の敗戦は怪我が原因ではなく、スタミナ切れとモチベーションの低さ(実質ギブアップ)が原因と言われている。2度目の石澤戦の際には、パスポートの紛失からやる気をなくして来日を勝手に辞めてしまい、兄・ヘンゾの説得でようやく試合前日に到着するというドタバタぶりを見せている。

ハイアン曰く「我々一族はマフィアと同じ。ファミリーの人間が負ければ必ず借りは倍以上にして返す」とのこと。ホイス・グレイシー吉田秀彦との試合(2002年8月28日、「Dynamite!」)で、納得のいかないレフェリーストップ負けになった際、先陣を切って吉田討伐に名乗りを挙げた。事あるごとに吉田を挑発し、2003年12月31日PRIDE 男祭り 2003での再戦までその挑発は続いた。

[編集] 来歴

2000年8月28日、PRIDE初参戦となったPRIDE.10では石澤常光(ケンドー・カシン)に顔面へのパンチのラッシュでKO勝ち。

2000年12月23日PRIDE.12桜庭和志と対戦し、判定負け。試合直前の21日に練習で右上腕二頭筋腱を損傷し、10分1Rという特別ルールで試合が行われた。

2001年7月29日PRIDE.15で石澤と再び対戦し、KO負け。

2002年9月29日PRIDE.21での大山峻護戦では、大山の腕を腕ひしぎ十字固めで脱臼させ、うずくまる大山に罵声を浴びせるという、「喧嘩屋」ぶりを見せ付けた。

2004年12月31日PRIDE 男祭り 2004安生洋二戦では、グラウンド状態のポジションを巡ってレフェリーの指示に激怒しレフェリーに手を出すという行為も行っている。この時セコンドについていたヘンゾが「落ち着け!」と何度もなだめていた。試合は続行され、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。

2005年10月27日、ブラジルの兄弟の家で、銃で誤って自分の足を撃ち、重傷を負った。

2007年12月14日、車の強盗事件で逮捕され、収監される。翌12月15日サンパウロ市西部にある91分署の拘置所内にて死去。死因は不明[1]

[編集] 戦績

総合格闘技 戦績
7 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
5 2 2 1 0 0 0
2 1 0 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
安生洋二 1R 8:33 腕ひしぎ十字固め PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- 2004年12月31日
美濃輪育久 2R(10分/5分)終了 判定2-1 PRIDE 武士道 -其の参- 2004年5月23日
浜中和宏 1R 7:37 TKO(右膝負傷→サッカーボールキック PRIDE 武士道 2003年10月5日
大山峻護 1R 1:37 腕ひしぎ十字固め PRIDE.22 2002年9月29日
× 石澤常光 1R 4:51 KO(膝蹴り) PRIDE.15 2001年7月29日
× 桜庭和志 10分1R終了 判定0-3 PRIDE.12 2000年12月23日
石澤常光 1R 2:16 TKO(パンチ) PRIDE.10 2000年8月27日

[編集] 獲得タイトル

  • ブラジリアン柔術ブラジル選手権(ブラジレイロ)黒帯メイオペサード(-85kg)級 優勝(1997年)

[編集] エピソード

  • カーウソン・グレイシーの門下生であるヴァリッジ・イズマイウとは犬猿の仲であり、ナイトクラブで大喧嘩をしフロントチョークで絞め落されたこともある。
  • PRIDE.10での入場曲は小柳ゆきの「be alive」であり、その後数回使用した。これはスタッフに「入場曲は何にしますか?」と尋ねられ、「この国(日本)の曲ならなんでも良い」と言ったのを「この県(試合が行われた埼玉県)の」と誤訳したスタッフが「埼玉県出身の歌手」の曲を選んだといわれている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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