ノーマン・イングランド
ノーマン・イングランド(Norman England, 1959年4月24日 - )は、日本映画のライター、俳優、監督。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。ライターとしてゴジラミレニアムシリーズを広く取材し、制作期間中にゴジラスーツを着たことのある唯一の外国人である。
その後は近年の日本のホラーについて取材している。
2005年、デビュー作『The iDol』監督。
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略歴 [編集]
1959年、カリフォルニア州サンマテオに生まれる。1963年にニューヨークへ移住。
1978年〜1991年、ニューヨークで活動していたロックバンド「Proper iD」で音楽活動をする。当時のバンドメイトLach and Geoff Notkinは後にScience Channelのリアリティ番組『Meteorite Men』に出演した。
1993年、日本へ移住。怪獣映画のライターとしてのキャリアをスタートする。
1998年、カプコン『バイオハザード2』のテレビCM(ジョージ・A・ロメロ監督)撮影現場を一週間取材。そのとき知り合ったAnthony Ferrantiの紹介で雑誌「ファンゴリア」の編集者と知り合う。
1999年、ファンゴリアの日本記者となる。欧米の大手メディアでは初めて日本のホラー映画のニューウェーブについて書く。月刊ホビージャパン、Japanzine、Starlog、Flix、Japanese Giants、ジャパンタイムズにも寄稿。
日本在住という利点を活かし、様々な映画の撮影現場を取材。レポーターという枠を超えて作品にコミットしていった。
1999〜2004年、ゴジラミレニアムシリーズのセットで100日以上を過ごす。特に、2001年の4月から10月に渡り『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年)のセットを頻繁に訪れる。そこで、撮影中のゴジラスーツを着た唯一の外国人となった。レポーターとしてだけでなく、様々な映画やテレビに脇役として出演。
監督西村喜廣に『吸血少女対少女フランケン』の字幕制作を依頼されたのをきっかけに字幕制作を開始。それ以降金子修介、井口昇、中田秀夫、坂口拓、堤幸彦などの監督作品の字幕を担当した。
2012年、雑誌「映画秘宝」でコラム「Grindhouse USA」を連載。80年代のニューヨークタイムズスクエアで働いた経験や、90年代のニューヨーク市改革以前の映画文化について語っている。
監督として [編集]
『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』の取材をきっかけに、自らも映画を作りたいと思い始める。2002年からデビュー作『The iDol』の構想を練り始め、2005年に撮影開始。『The iDol』は2006年7月16日にモントリオールのファンタジア映画祭で初めて公開された。
2007年、ドキュメンタリー映画『Bringing Godzilla Down to Size: The Art of Japanese Special Effects for Classic Media』の監督を依頼される。このドキュメンタリーは2008年8月、グローマンズ・エジプシャン・シアターで世界に先駆けて公開された。後に、DVDセット『Rodan and War of the Gargantuas』の特典映像として2008年9月にリリースされた。最近では2009年7月にファンタジア映画祭でも上映された。
2008年、二作目『Feed Me』を撮影。低予算で作られたホラー映画で、2009年4月ダウンロードのみでリリースされた。
2009年、短編『It's All Good』を監督。2010年2月スカパー!で放映され、2010年3月ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映された。
作品 [編集]
俳優 [編集]
- ゴジラ2000 ミレニアム(UFOから逃げる人)
- クロスファイア (レストランのびっくりお客)
- ステーシー (ジェフ)
- ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS (Sgt. Woodyard)
- ウルトラQ dark fantasy (レストランのお客 第3話)
- ローレライ(ソナー運転者)
- デスノート(FBI代理人)
- ゾンビ自衛隊
- ULTRASEVEN X (酒を飲む外国人 第1話)
- 東京残酷警察
- ヘルドライバー
- 青いソラ白い雲
- 百年の時計
監督 [編集]
- The iDol
- Bringing Godzilla Down to Size: The Art of Japanese Special Effects
- Feed Me
- It's All Good
- Sushi Typhoon: Tokyo Invasion
- New Neighbor