ノート:矢代秋雄

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そのような保守的な態度の中で、一つだけ例外がある。中村紘子のために書かれた「ピアノ協奏曲」の第二楽章はドの音をずっと鳴らしつづける極めて印象的な楽曲だが、これはイアニス・クセナキスの「ポラ・タ・ディナ」のアイデアと全く一緒である。(ポラ・タ・ディナではラの音)彼も、同時代の音楽から学べるものは学んでいたのである。

これについてですが、実際のアイデアはラヴェルの「夜のガスパール」第2曲「絞首台」から発想を得たものであり、クセナキスとは偶然の一致という考え方は出来ないものでしょうか。30rKs56MaE 2006年6月28日 (水) 21:04 (UTC)[返信]