ノート:吉村公三郎

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「1960年の『裸の島』はモスクワ国際映画祭でグランプリを受賞する」

近代映画協会からの印象で混同されているのかもしれませんが「裸の島」は新藤監督の作品です。 削除してしまっていいでしょうか。 --氷室浩次 2008年1月1日 (火) 22:42 (UTC)[返信]

該当箇所を書いた者です。文献を調べていた時に、吉村監督に関する新藤監督の談話で「わたしたちの「裸の島」」というような表現があったため(朝日新聞 2000年11月15日付夕刊 学芸面 p.5)、共作の一つかと勘違いしておりました。ここに書く必然性はないので削除いたしました。申し訳ありません。--Okapia2 2008年1月6日 (日) 05:36 (UTC)[返信]
いやいや、お手数おかけしました。新藤兼人さんと吉村公三郎さんとの協力関係については、(僕を含めて)後世代の者にとって見落としたり忘れがちな部分なので、該当箇所以外の記述は、たいへん参考になりました!

--氷室浩次 2008年1月6日 (日) 15:53 (UTC)[返信]