ノート:ドラえもん最終話同人誌問題

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素人法律論について[編集]

[1][2]により追加された素人法律論を除去[3]しました。

  1. ○○という判例がある(これは客観的事実)
  2. ゆえに△△である(これは主観的妄想

こういうやり口には注意しましょう。数年間にわたって個人的な妄想話が掲載されてしまったようです。--fromm 2011年3月7日 (月) 01:43 (UTC)[返信]

「ドラえもん最終話 (田嶋・T・安恵の同人誌)」への改名提案[編集]

Wikipedia:削除依頼/ドラえもん最終話同人誌問題にて提案しました改名について、改めて正式な改名提案として提起させていただきます。

削除依頼でも説明したように、二次創作物の販売差し止めが特別なものだったわけではありません。本記事の参考文献として挙げられている雑誌記事でも、二次創作の同人誌を巡る状況が以下のように説明されています。

  • 「警告や販売差止めなどの著作権者サイドからの抗議が急増している」「『発禁になる前にゲットせよ!』と煽っている同人誌専門書店も少なくない」(創2006年6月号p21)

この記事が同人誌の差し止めそのものを特殊例と誤解させるものになっていることは、削除依頼のコメントが図らずも証明してしまっているかと思います。元々この記事は作者である田嶋安恵の記事を「ドラえもん最終話同人誌問題」へと改名したものです。その際に参考文献の見直しが行われず、本件の社会的位置づけを誤解させる独自研究を内包したまま著作権問題の記事にしてしまったものと思われます。実際には、著作権問題としては(ネットでの議論を除けば)全く議論の対象にされておらず、小学館側がこの同人誌に対しどのような対応するかが焦点となってます。この問題を通じて得られる結論はあくまで、「小学館が同人誌をどのように考えているかの一例」以上のものではありません。「一石を投じた」とは言っても、この作品の枠を超えて「二次創作がどこまで許容されるかという議論」が広がった形跡も見られません。

では、本件が特に話題になった原因は何かといえば、本件同人誌の評判が非常によかったためです。これも参考文献として提示されていた雑誌記事(不適切な使用がされていたため除去しています)ですが、本件が広く注目を集めた原因について以下のような記述があります。

  • 「「ドラえもん」のパロディは何が問題だったにかというと、あの作品が非常に優れていたことですよね」「あの作品に関して擁護の声が大きかったのは、作品の質が極めて高度なものだったからですよね」(創2007年5月号p21)

削除依頼後の改稿の参考文献に使用された新聞記事もすべて目を通しましたが、基本的には広く同人誌全体に波及するような大きな話はしておらず、本件の同人誌そのものに対する言及が大半であるように見えます。また、本件そのものは削除依頼の提案にありましたように「警告されて素直に従っただけ」で、特別な要素はありません。一方で、本件の同人誌そのものは、同人誌でありながら商業誌に匹敵する発行部数であり、販売差し止めを報じた記事などでは内容に対して多くの賛辞が寄せられています。

以上のことから、本記事については、同人そのもの記事として「ドラえもん最終話 (田嶋・T・安恵の同人誌)」へ改名すべきと考えます。仮に改名を行わないとしても、本記事が同人誌の差し止めそのものを特殊例と誤解させるものになっていると見られるため、全面的な改稿は必須であると考えます。--アト会話2013年6月19日 (水) 05:36 (UTC)[返信]

  • 反対 改名は必要な気もしますが、この提案には幾つか疑問があります。まず、著作権者側からの警告だけでなく、「作者が売上の一部を支払った」という事例も当たり前にあることなのでしょうか。私が改稿して存続票を投じた理由の第一がその点でした。次ですが、この件について取り上げた報道のほとんどは、同人誌単独ではなく、同人誌を巡る作者側と出版社側の顛末です。同人誌そのものの賛辞こそありますが、それこそ記事の副次的なものでした。記事のどちらにウェイトが大きく置かれていたかといえば、同人誌そのものではないことは間違いありません。同人誌そのものを取り上げた記事がほとんど無い(『創』の記事は読んでいないのでわかりません)ことが、その証明の一つだったと言えます。もし出版社側からの警告がなかったら、インターネット上で評判になっただけで終わり、Wikipediaの単独記事として成り立つものではなかったと考えます(原案は別の方なのですからなおさらです)。以上から、「ドラえもん最終話 (田嶋・T・安恵の同人誌)」への改名には現時点では反対します。騒動の顛末も含めたピッタリ来るタイトルがあれば賛成するんですが。記事の改稿云々は、改名とは別の話なので現時点では特にありません。--Floter会話2013年6月19日 (水) 11:26 (UTC)[返信]
「作者が売上の一部を支払った」という事例どの程度存在するかは、不明としか言いようがありません。同人誌の差し止めがされても、普通は本件のように顛末が報道されえるようなことは無いためです。しかし、そもそも報道を見ても売り上げの一部を払うことを重視しているものは全く見当たらないので、その点にこだわるのはナンセンスです。著作権侵害によって得た利益を権利者が請求することは、不当利得返還請求権として法的に認められており、請求することに特別な意味を見出すべきではありません。
出版社との騒動が無ければどうだったのかというのはなかなか難しいですが、少なくとも出版社が全く同じ対応をしても、本件の同人誌のような評判を得ていなければウィキペディアに書くことのできるような話題性を持たなかったのは明らかです。--アト会話2013年6月19日 (水) 18:55 (UTC)[返信]
コメント 不当利得返還請求権が法的に認められていても、同人誌関連で実際に支払ったというケースがほとんど無い現状(あるという事例が見られないのであれば、無いというしかない)であれば、同人誌において「作者が売上の一部を支払った」代表例としてあげることができます。事実サンデー毎日の記事でも、これまで同人誌で問題化した例としてポケモン事件と本件を挙げています。朝日新聞2007年5月29日の記事のタイトルは「勝手に「ドラえもん」最終話、ごめんなさい 1万3千部売った「作者」本家に一部払う」であり、重視しているものは全く見当たらないとは言えません。作品のみについて取り上げた出典が見当たらず、騒動を主題とした出典がほとんどである現状を覆していただかないと、私としては現在の提案について反対票を取り下げることができません。まあ、多数の方が賛成票を投じるのであれば、それに従いますが。それと、今回のような同人誌における著作権侵害+利益返還が当たり前にあると立証されたとしても、「ドラえもん最終話 (田嶋・T・安恵の同人誌)」を単独で上げるよりは、原案である「ドラえもんの開発者はのび太説」を独立させた方が、波及という点でもよっぽどすっきりします。--Floter会話2013年6月21日 (金) 10:55 (UTC)[返信]
>今回のような同人誌における著作権侵害+利益返還が当たり前にあると立証されたとしても
済みませんが、どうして私にそれを立証する義務があるのでしょうか?利益返還があるから本件は特別だというのはFloterさんが主張していることでしょう?それを基準として記事を成立させたいというのなら資料をそろえ証明する必要があるのはFloterさん自身です。朝日新聞の記事にしても、中身を読めば単に合意内容を伝えたものに過ぎないのはわかるでしょう。参考文献を見直してみてください。多くの識者がコメントを寄せていますが、金銭を要求することの是非を掘り下げたものがあるでしょうか。私は本件が問題化した原因が同人誌の評判の良さであるという出典は提示しました。Floterさんも本件が問題化した原因は小学館が金銭を要求したからだという出典をご提示ください。
「ドラえもんの開発者はのび太説」を独立させるのは私も考えたのですが、本件同人誌独自の要素が多く、バランスを欠くため適切ではない判断しました。本件同人誌は「ドラえもんの開発者はのび太説」を下敷きにしているとはいえ同人誌で追加されたエピソードもあってストーリーは全く同じではないですし、流行時期が異なるため通しで説明する意味はあまりありません。また、説明をすっきりさせるという点を重視するのであれば、少なくとも同人誌そのものやその流行のウエイトが大きい現在の記事が良いとはいえないでしょう。現在の記事名が著しく不適切という問題もありますし。--アト会話2013年6月22日 (土) 05:38 (UTC)[返信]
アトさんの主張は、記事の主題を無視してただ原因だけをピックアップしたものであり、単独立項すべきという証明はされていないと私は考えます。どの記事を見ても、主眼となっているのは著作権侵害を巡る騒動です(いったいどの記事が、同人誌そのものの出来を主眼としているのでしょうか)。その解決は、販売を止めるとともに売上金の一部を支払ったというものです。どの報道を見ても、トップに書かれているのはその点です。報道のタイトルも同様です。
また、私はこのような売上金の一部を支払って和解した事例が他に当たり前にあるのか、と聞いているわけで、私が立証しなければならないものは何もありません(ないものは立証できません)。なお金額で揉めた、というのはサイゾーの記事でありましたが、そこまで載せようとも思いません。同人誌における著作権侵害の問題化した例であるという出典も挙げました(今回改めて、本文中に記載しました)。また、「作品のみについて取り上げた出典が見当たらず、騒動を主題とした出典がほとんどである現状を覆していただかないと、私としては現在の提案について反対票を取り下げることができません」と表明しているわけであり、私としては現時点でこの状態が覆されているとは思えません。それと、読売新聞2007年6月7日の記事の中で、「「ドラえもん最終話」と称する漫画同人誌が著作者に無断で流通している問題」と出ていることから、現在のタイトルでもそれほど問題はないような気もしてきました。--Floter会話2013年6月24日 (月) 15:01 (UTC)[返信]
誤解があるようですが『創』2006年6月号の記事は小学館が問題視し始める前のものですよ。『創』の記事としては、そこまで広まっては差し止めを受けるのは時間の問題と見ていて、それで同人誌の状況も語っているわけですが、この時点では小学館は何もしていません。
>このような売上金の一部を支払って和解した事例が他に当たり前にあるのか
これについては何度も同じようなことを言うようですが、当たり前にあるとする資料も、当たり前で無いとする資料も無いからわからないといっているだけです。わからないものを基準にしないでください。私は単に基準になり得ないと言っているだけです。
以下は完全な独自研究なので証拠にはなりませんが一応言った方がいいかもしれないので言っておきます。Floterさんは金銭を支払うことがよほど特別と感じているようですが、私個人の知っている範囲では差し止めも、さらに金銭を請求された例もあります。金銭を請求された例というのは、企業関係者が手がけていたために商業色が出てしまったためのものでした。ただし、これは私個人が主催者の方から直接聞いた話なので証拠はありません。私の聞いた話は報道どころかネットの噂にもなっていなかったはずです。権利者によって対応の仕方はまちまちなので一般化もできませんが、私個人としては売り上げの一部を支払うことが特別なことだという感覚はありません。あと、これは直接知っている話ではありませんが、過去に同人音楽でジャスラックから一斉に支払請求を受け、大きな騒動になったことがあります。ただし、多くの人がかかわった騒動ではあるのですが、騒動全体を見通すようなまともな資料、ウィキペディアの参考文献として使えるような資料は(もう何年も探しているのですが)見つけられていません。同人界隈ではジャスラック騒動のように、多くの人がかかわるような問題であっても、報道という形で残ることはありませんでした。最近はITmediaとかが記事にするので状況は変わっていますがね。
以上、長々と独自研究を書き連ねましたが、ウィキペディアの記事に反映させるための根拠として主張するつもりはもちろんありません。ウィキペディアは参考文献に従って記述するルールですから、私の考えでもFloterさんの考えでも資料が無いものは考慮しないという対応をすべきなはずです。もちろん、本件が問題化した原因が小学館が金銭を要求したからだとするような資料があれば、それが事実に反すると思っても従うつもりです。しかし、事実に反すると見られる考えを、まともな証拠も無しに主張されることを容認することはできません。
それと、Floterさんは同人誌単独に記事にすることのみを否定する理由は何でしょうか?同人誌の普及の過程はまだしも、内容やそれに対する評価なども記事に内包している状況が果たして良いのでしょうか。私は本件に対する記述を削除しようという意志はないし、Floterさんも「ドラえもんの開発者はのび太説」を独立させる案を出しているあたり、本件の単独記事という形態に拘っているわけではないのでしょう。「騒動を主題とした出典」というのも、同時に同人誌に対する出典でもあるものが多く、それらが多いからといって、同人誌に対する記事の存在を否定する要素にはならないと考えます。本件同人誌は、多くの報道の中で内容に対する評価が得られているし、売り上げ部数も下手な商業出版の漫画作品より多いです。--アト会話2013年6月25日 (火) 05:42 (UTC)[返信]
アトさんが最初に「普通は報道されないようなありふれた事例」「二次創作物の販売差し止めが特別なものだったわけではありません」と書いており、では同人誌で売上の一部を支払うという今回のような例が当たり前にあるのか、と私が質問したわけです。わからないのであれば、今回の件が「ありふれた」「特別なものでない」かどうかもわからないでしょう。私が言いたい点はそこだけです。今回、この件が同人誌において「問題化した例」という出典を挙げましたが、現状と違うというのであればいっそ改稿してもらった方がわかりやすいです。なお、私は「本件が問題化した原因は小学館が金銭を要求したからだ」などと主張したことは一度もありません。
私が同人誌単独の「記事名」を否定する理由ですが、例えで言うと、「Aラーメン店が複数のグルメ雑誌やマスコミで取り上げられたから、Aラーメン店の記事を作ろうとしたら、どの雑誌でも評判がよいのは単品で扱っているB味噌ラーメンだから、記事名はB味噌ラーメンとすべきだ」と言っているように聞こえるからです。あとは前述したとおりです。--Floter会話2013年6月26日 (水) 11:24 (UTC)[返信]
  • 反対 「ドラえもん最終話同人誌」として問題になった著名な特筆性のある案件が他にない限り、曖昧さ回避のタイトルにする必要を感じません。また、漫画二次創作同人誌として単独記事化しているケースは、寡聞にして存じ上げませんが、記事化基準の特筆性の主たる根拠は「問題」ということになろうかと思いますので、記事名にさしたる齟齬はないと思われます。他の問題となった同人誌と違って、問題に繋がったものは「内容の良かったからこそ」という一面はあるものの、同人誌や同人作品としては「オリジナル」と呼ばれている独自の創作ならまた別でしょうが、二次創作に関していえば、記事中にもありますが著作権問題から「見逃されている」現状があり、二昔前くらいならいざ知らず、現在では製作者の多くもそれを大なり小なり自覚しているようですから、売上部数にしても、内容にしても、wikipedia内で使用出来る出典が確保できるのは、何らかの「問題」になってからでしょう。逆に言えば、wikipediaの掲載基準の特筆性検証可能性信頼できる情報源の壁を突破できるような二次創作同人誌は、おそらくは原作者自身が発行に関わったものか、問題になったものに限られてくると思います。記事化された同人作品としては漫画ではヘタリア(公刊前)、ゲームにも幾つかあると思いますが、どれもオリジナルの同人作品ではありました。それに提案の記事名では同人誌としてでも「オフィシャルに認められた最終話」としてのタイトルのようにも思えてしまう畏れもありそうです。--ジャムリン会話2013年6月26日 (水) 08:49 (UTC)[返信]
他の記事に手をとられて後回しにしてしまいました。申し訳ありません。改名提案のテンプレートがいったん除去されたいましたが、まだ1ヶ月過ぎていなかったので戻しました。
まずジャムリンさんのご意見について、特筆性と検証可能性と信頼できる情報源の壁を突破できるかですが、本件同人誌に関しては、問題化する前に内容、売り上げについて取り上げた記事がありますから、検証可能性と信頼できる情報源の壁は問題化以前に突破してます。また、問題化後にも、フラッシュ2007年6月19日号の記事のように専ら本件同人誌の紹介を目的とした記事もあります。ウィキペディアに二次創作の同人誌の記事が無いのは、一つには著作権を侵害した二次創作物では作品そのものを情報源として使用できないことがあると思いますが、本件同人誌については、ドラえもんの最終話という世間の興味を惹きやすい題材だったこともあってか、上記以外の各報道でも本件同人誌の紹介にかなりの文章を割いており、第三者の情報源だけで作品の説明を記述可能になっています。記事名については、括弧つきが不適切ということであれば「ドラえもん最終話」でもよいと思います。Template:Otherusesを使用し、冒頭できちんと説明すれば、誤解の元になることはほぼ無いと考えます。それよりも私は現在の記事が、今まさに広めている同人誌の差し止め自体が特別なことであるかのような誤解の方を重視します。これも、文章の工夫できちんと説明することも出来るにしても、本物の最終話ではないことを説明するよりもわかりにくいものにならざるを得ず、それよりはあくまで人気作品に内包される問題として扱った方が誤解を招きにくいと考えます。
Floterさんのご意見について。
>「ありふれた」「特別なものでない」かどうかもわからないでしょう。
売上の一部を支払ったという点についてはもちろんそうです。そして「ありふれていない」「特別なもの」かどうかもわかりません(個人的には特別とは思っていませんが)。本件が問題化した原因が小学館が金銭を要求したからではないということであれば、金銭を要求はしたけど話題になっていないケースが他にある可能性も認められるはずです。「田嶋・T・安恵」という原作者に似せた変名を使用したことについても、私は類例を挙げることは出来ませんが、これも本件そのものが特別かどうかの判断材料になるんでしょうか。Floterさんの提示されたサンデー毎日の記事は「警告が発せられた」と書いてあるのであって売上の一部を支払ったと書かれているわけではないでしょう。
本件が同人誌の問題の中でも特別話題になったものであることは事実です。ですが、話題性が高かったというだけで、具体的な影響というのは特に見当たらないと思います。
あと、店とラーメンの関係を例に出されましたが、分類の上下関係で言えばラーメン屋に相当するのは本件同人誌の方なのではないでしょうか。現在の下のほうに唐突に同人誌のあらすじが書いてあるという状態は、B味噌ラーメンの記事の下の方にAラーメン店の説明が書いてある状態になるかと思います。それと、蛇足ではありますが国会丼のように料理のほうが記事になっている例も一応あります。
以上、一応お二方の意見については反論はしましたが、別の提案というか一部意見の撤回をします。いろいろ資料を調べてみましたら、元のホームページやチェーンメールも含めた記事にするのも良いかもしれないと思いました。現在のドラえもんの最終回#ドラえもんの開発者はのび太説にはほとんど参考文献がありませんが、調べたらチェーンメール騒動について学術論文を含む多くの文献で取り上げられていて、小学館側が何かアクションを起こしたわけでもないのに資料の量として本件に匹敵しますし、小学館側の対応の違いという点から、ジュブナイルの説明が一緒に書いてあることのメリットもありそうです。2007年に道徳の教材として紹介されている例もありました。以前の「バランスを欠くため適切ではない」「通しで説明する意味はあまりありません」というコメントは撤回します。この場合は、記事名は元のタイトルである『〜僕が勝手に考えた〜ドラえもんの最終回(仮)』とすべきと考えますがいかがでしょうか。--アト会話2013年7月26日 (金) 10:55 (UTC)[返信]
反対 改めて反対します。正式な創作物のタイトルでもないものに(仮)を付けることは不適等かと思いますし、主題のタイトルとしてふさわしいとも思えません。ご提案の内容も含むとしても「ドラえもん偽最終話問題」がいいところでしょう。ご--ジャムリン会話2013年7月26日 (金) 12:32 (UTC)[返信]
すいません『〜僕が勝手に考えた〜ドラえもんの最終回(仮)』は括弧も含めて正式なタイトルなんですけど。当時のホームページは残っていませんが、雑誌記事や論文に記載されていますし、フォーカス1998年8月12・19日号の記事にキャプチャ画像もあります。--アト会話2013年7月26日 (金) 13:01 (UTC)[返信]
コメント電池切れドラえもん最終話の話を記事とするのであれば、いっそ新規に記事を作り、その後本記事を統合提案した方がわかりやすいです。今の段階で『〜僕が勝手に考えた〜ドラえもんの最終回(仮)』に改名するのは内容と合いませんし、電池切れ説を『ドラえもん最終話同人誌問題』というタイトルの記事に書くのも合わないでしょう。「ドラえもん最終話」への改名には、藤子F自身が描いたという誤解を招く恐れが高いので反対します。
私への反論については、個人的ご意見としか言い様がありません。ラーメンの例えはどうも私の意図が伝わっていないようです。単に「Aラーメン店」を雑誌や新聞記事のタイトルや中身で取り上げた記事が多いからAラーメン店の記事を作ろうとしたら、記事の中で評判のよい「B味噌ラーメン」を記事名にしようと主張しているように聞こえる、と言っているのです。
私は記事で「同人誌における著作権侵害で問題化した例」としてサンデー毎日の記事を出典としてあげていますし、記事にもそう書いています。今回の問題をメインに取り上げた他の出典と合わせ、これで十分現状記事として成立する内容だと思っていますし、アトさんのお話を聞いてもそれを撤回する気にはなれません。それは違いますよ、という人が多く、改名すべきという納得できる意見票が多数になれば、Wikipediaは多数決主義ではないかも知れませんが、それに従います。--Floter会話2013年7月26日 (金) 13:12 (UTC)[返信]
本件は、おそらく、同人作品の差し止め問題で警察や裁判所が関わっていないものの中では一番有なものであることは間違いないのでしょうが、あくまで一番有名ということであって、具体的な影響があったわけではないですから、やはり「この同人誌の問題」であると考えます。主題を問題に絞ってしまったことによって、同人誌のあらすじの説明が完全に浮いてしまっているのも問題だと思いますし。
それから、『〜僕が勝手に考えた〜ドラえもんの最終回(仮)』にする場合は、もちろん私も単純にこの記事の改名だけをするという想定ではありません。ドラえもんの最終回#ドラえもんの開発者はのび太説の分割の提案も必要になりますから、手続きとしては一旦仕切りなおしになるかと思います。あちらの記事の独自研究、確認の取れない情報もどうにかしなければなりませんし。--アト会話2013年7月26日 (金) 13:58 (UTC)[返信]
同人誌の差し止めの事例として挙げられるだけで、十分後世に影響があると考えます。最初にも書いていますが、アレンジをしているとはいえ原案は別の方のもので、おそらく了解を得ていないでしょうから、田嶋作品のタイトル名にするのはその点でも反対します。あらすじ節については、問題だと思うのなら除去すればよいだけの話でしょう(私はその部分に関しては最初からノータッチですし、どっちでもいいです)。--Floter会話2013年7月26日 (金) 22:19 (UTC)[返信]