ノワールムティエ島

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ノワールムティエ島
Noirmoutier Island SPOT 1275.jpg
座標 北緯46度58分 西経02度13分 / 北緯46.967度 西経2.217度 / 46.967; -2.217
面積 49 km²
最高標高 20 m
所在海域 大西洋
所属国・地域 フランスの旗 フランス
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ノワールムティエ島 (-とう、フランス語: Île de Noirmoutierブルトン語:Nervouster)は、フランスヴァンデ県に属する大西洋岸の島。冬に咲くミモザの花から『ミモザの島』(île aux mimosas)とも呼ばれる。島の風景は塩田砂丘、そしてセイヨウヒイラギガシが多くを占めている。

ブルトン語で島の名をNermouster(黒い修道院)という。ビスケー湾の北、ロワール川河口の南にある。

概要[編集]

島の一部は海を開墾してできた。島のコミューンは、バルバトル(Barbâtre)、レピーヌ(L'Épine)、ラ・ゲリニエール(La Guérinière)、ノワールムティエ=アン=リル(Noirmoutier-en-l'Île)の4つがある。

気候は大西洋の影響を受け、夏も冬も温暖である。日照時間が重要で、7月8月の日照時間が550時間(年間の日照時間が2100時間であるカルカソンヌと比較)である。ジャガイモ文化が発達し、春に収穫される早生品種ボンノットが知られる。

歴史[編集]

ノワールムティエ城

かつて島はHerまたはHeroと呼ばれ、先史時代より定住がされていた。674年、聖ジュミエージュのフィリベールが島へ移り住んだ。彼は、サン=フィリベール=ド=グラン=リュ(fr:Saint-Philbert-de-Grand-Lieu)にある修道院の前身となった修道院を、島に設置した。彼は塩田で塩を作り、数多くの堤防を築いた。

ヴァイキングノルマン人の侵攻と戦ったラ・ガナルシュ(fr:La Ganarche)領主たちが、修道士たちと同様に島の所有者となり、830年以降島内に防衛施設を築いた。12世紀、ノワールムティエ城が築かれた。

9世紀以降勢力を拡大してきたブルターニュ侯(のちブルターニュ公)と、中世に深く結びつくようになった。14世紀の間にイングランドから3度侵略を受け、16世紀には2度スペインから攻撃された。15世紀から、トゥアル子爵であるアンボワーズ家の支配下に入る。

1562年、ラ・ロシェルからやってきたユグノー海賊が島を獲得し、1569年まで維持した。17世紀以降干拓が進められ、100ヘクタールあまりの干拓地がフランドルから導入された技術で生まれた。一部の土地では、家畜の餌場や穀物生産が行われるようになった。

島へつづくパサージュ・デュ・ゴワ

ノワールムティエ島は、本土と島をつなぐ全長4.5キロメートルの砂州・海の中道、パサージュ・デュ・ゴワで有名である。砂州は日に2度の満潮で海面下に沈む。 ここは1999年のツール・ド・フランスで集団落車が発生した地点であり、2011年大会では全体のスタート地点となる。また、ノワールムティエ島自体は2005年大会第1ステージ(個人タイムトライアル)で使われた。毎年、フォレ・ドゥ・ゴワという競歩レースが砂州を横断するコースで開催され、満潮が始まるとスタートする。

関連項目[編集]

座標: 北緯46度58分 西経2度12分 / 北緯46.967度 西経2.200度 / 46.967; -2.200