ノルウェー民話集
『ノルウェー民話集』[1][2](ノルウェーみんわしゅう。『ノールウェイの民話』[3]、『ノルウェーの民衆の冒険物語』[4]の日本語題も。ノルウェー語: Norske Folkeeventyr、英語: Norwegian Folktales)は、ペテル・クリスティン・アスビョルンセンとヨルゲン・モーによる、ノルウェーの伝承と伝説を収集した本である。収集した2人にちなんで『アスビョルンセンとモー』(Asbjørnsen and Moe)としても知られている。
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[編集] アスビョルンセンとモー
動物学者であるアスビョルンセンと、聖職者であるモーは、15歳の頃に学校で出会って以来の友人であった[3]。アスビョルンセンは学生時代から民話をいくつか記録しており、学校を卒業した後、3年間の家庭教師の仕事の合間にも収集を続けていた。1833年に聖職者のアンドレアス・ファイエがノルウェーの民話をまとめて出版し、次の民話集の出版の準備に入った頃、ファイエの元に国立古文書館の助手から未収録の民話が送られたが、その中に、助手の友人であったアスビョルンセンが収集した民話が含まれていた。間もなくアスビョルンセンはファイエから「民話特命大使に任命する」という趣旨の言葉で締めくくられた礼状を受け取った。アスビョルンセンは他に収集していた伝説などをファイエに見せたが、自身でも民話集を刊行することを考え始めた[5]。いっぽう、モーは卒業後に家庭教師となり、その傍ら民話の研究をしていた[3]。二人は、グリム兄弟による『キンダー・ウント・ハウスメールフェン』を読んだことをきっかけに、共同しての民話集の刊行に本格的に乗り出した[5]。
その著作物は、ノルウェーが新たに得た独立と、19世紀に国内に広まった国家主義のうねりと関連づけて見るべきである[6]。14世紀の半ばのペストの流行によって人口の半分を失い、14世紀末にデンマークを中心としたスカンディナヴィア連合に加わったノルウェーは、1442年からデンマークの統治下となっていたが1814年にようやく独立した。その時代、ヨーロッパ各地では民族意識がわき起こり、特に北欧では、キリスト教を受け入れる以前の古い信仰が見直され、神話に基づく作品がさまざまに創作されていた。ノルウェーでも民族意識に基づいた自国の誇りを取り戻す様々な取り組みがなされていた。そこには言語の問題があったが、ノルウェーの本来の言語を取り戻すことは、デンマークと合併する前の偉大なるノルウェー民族の誇りの回復であった[7]。
ノルウェー語の当時の正書法、すなわち書き言葉であるブークモールは、デンマーク語に非常に類似していた。しかし話し言葉はノルウェー語が使われていた。ノルウェーで民族意識が高まる中、デンマーク語の強制を離れて新たに再生されたノルウェー語として、各地の方言に基づいたニーノルシェクが成立していた。こうした背景の中、話し言葉によって語り継がれ、それらが今日あるよりさらに特有だった方言に基づいた情報源を持ったノルウェーの伝承を語り直すことには、書き言葉はあまり適していなかった[6]。アスビョルンセンとモーは、ノルウェー語の口語に沿って物語を表現して文学として成立させ、デンマーク語とは異なった、独立的なノルウェー語の書き言葉を創出するのを促進することとなった[7]。それはまた、アスビョルンセンとモーが、グリム兄弟の信条を適用することによって表現の問題を解決したことによる。すなわち、物語の原形を維持しつつ、方言の代わりに扱いやすい言語表現の様式を用いることとしたのである。
アスビョルンセンとモーによる民話集は、最初は数冊の小さな小冊子で発表された。後にそれらは1845年に1冊の収集本にまとめられ、1848年にもまた別の本にまとめられて再発行された。1870年に、今日知られている収集本が発表された。そしてそれ以来、原語は本の中で保持された。著作物のそれ以後の版には、ノルウェーの画家、エーリック・ヴァーレンショルド、テオドール・キッテルセン、Otto Sinding、その他の画家によって、広く知られる挿絵を入れられた[8]。ヴァーレンショルドはアスビョルセンにその絵を喜ばれて民話集の制作に招かれ、民話集によってノルウェーで広く知られることとなった。またキッテルセンは、ヴァーレンショルドが民話集の続刊の制作に招かれた時、民話の世界を描き出すのに優れているからとアスビョルンセンに紹介した、まだ無名の画家であった。アスビョルンセンは同時代のロマンティシズムとは無縁の彼の作風に驚きつつも、その絵を見た子供達が民話世界への憧れを掻き立てさせられたのを目の当たりにし、キッテルセンを挿絵に迎えた[9]。
『ノルウェーの民話集』はグリム兄弟からも高く評価され、『グリム童話』に続いて世界に受け入れられた[2]。1844年、アスビョルンセンとモーはヤーコプ・グリムに宛てた手紙において、『キンダー・ウント・ハウスメールフェン』を読んだことなどで多くのアイディアを得た旨の礼を述べている。なお、モーは聖職者としての仕事が多忙となったため民話の収集と研究が困難となったが、彼の息子モルケが父を継いでアスビョルンセンと共に研究を続けた。後にモルケは民俗学者となった[10]。
[編集] 英語への翻訳
民話集は、サー・ジョージ・ダセントによって1859年に英語に翻訳された[3]。収集本の、彼の最初の版は「Popular Tales from the Norse」と呼ばれた。その後の版では最低でも13の話が新たに含まれた。アスビョルンセンとモーは、ダセントの翻訳を明らかに良いと思った。「フランスとイギリスで収集本が出版されたが、それにおいて我々の物語は、徹底的な支配力のもと、正確にそして完全に翻訳されるだけではなく模範的な事実ならびに無関心を伴って表現された。ジョージ・ダセントによるものは、英訳で出版された我々の物語の中で最高で最も適切な表現である。」
[編集] 民話
日本語題が不明である作品は、翻訳元の英語版記事に基づき、英語題を記載した。
- True and Untrue (ノルウェー語題: Tro og utro)
- 海の底の臼[11] (Kvernen som maler på havsens bunn)
- The Old Dame and Her Hen (Høna tripper i berget)
- 太陽の東 月の西[12] (Østenfor sol og vestenfor måne)
- トロールと大食い競争をしたアスケラッド[13] (Askeladden som kappåt med trollet)
- Hacon Grizzlebeard (Håken Borkenskjegg)
- お姫さまに「うそつき!」と言わせた灰つつき[11] (『お姫様に「うそつき!」と言わせたアスケラッド』[13]の日本語題も。Askeladden som fikk prinsessen til å løgste seg)
- 十二羽の野鴨[13] (De tolv villender)
- 体に心臓がない大男[11] (『心臓が、からだのなかにない巨人』[12]の日本語題も。Risen som ikke hadde noe hjerte på seg)
- 羊飼いになったキツネ[11] (『羊飼いとなった狐』[13]の日本語題も。Reven som gjeter)
- 女中がしら[12] (『マスターメイド』[14]の日本語題も。Mestermø)
- ドブレ山地の小ネコ[11] (Kjetta på Dovre)
- ガラス山のおひめさま[12] (『ガラス山の姫ぎみ』[14]の日本語題も。Jomfruen på glassberget)
- How One Went Out to Woo (En frierhistorie)
- The Cock and Hen (Hanen og høna)
- The Master-Smith (Smeden som de ikke torde slippe inn i helvete)
- The Two Step-Sisters (Manndatteren og kjerringdatteren)
- バターボール坊や[13] (『ちびのふとっちょ』[12]の日本語題も。Smørbukk)
- Taming the Shrew (Prinsessen som ingen kunne målbinde)
- Shortshanks (Lillekort)
- 山のグドブラン[11][13] (『山腹のグドブランド』[12]の日本語題も。Gudbrand i Lia)
- The Blue Belt (Det blå båndet)
- クマのしっぽは、なぜ、みじかいか[11] (Hvorfor bjørnen er stubbrumpet)
- Not a Pin to Choose Between Them (Somme kjerringer er slike)
- One's Own Children Are Always Prettiest (Hver synes best om sine barn)
- 白い国の三人のおひめさま[12] (De tre prinsesser i Hvittenland)
- The Lassie and Her Godmother (Jomfru Maria som gudmor)
- The Three Aunts (De tre mostrene)
- The Cock, the Cuckoo, and the Blackcock (Hanen, gauken og århanen)
- Rich Peter the Pedlar (Rike Per Kremmer)
- Gertrude's Bird (Gjertrudsfuglen)
- Boots and the Troll (Askeladden som stjal sølvendene til trollet)
- Goosey Grizzel (Giske)
- 北風のところに行った男の子[11] (『北風をたずねていった男の子』[12]の日本語題も。Gutten som gikk til nordenvinden og krevde igjen melet)
- どろぼうのかしら[12] (『泥棒の親方』[15]の日本語題も。Mestertyven)
- The Best Wish (Det har ingen nød med den som alle kvinnfolk er glad i)
- 三びきのやぎのがらがらどん[16] (De tre bukkene Bruse som skulle gå til seters og gjøre seg fete)
- Well Done and Ill Paid (Vel gjort og ille lønnet)
- 家の事をすることにしたごていしゅ[11] (『家事をすることになっただんなさん』[12]の日本語題も。Mannen som skulle stelle hjemme)
- Dapplegrim (Grimsborken)
- Farmer Weathersky (Bonde Værskjegg)
- ペール殿下[11] (『郷士ペール』[13]の日本語題も。Herreper)
- The Seven Foals (De syv folene)
- The Widow's Son (Enkesønnen)
- Bushy Bride (Buskebrura)
- Boots and His Brothers (Per, Pål og Espen Askeladd)
- Big Peter and Little Peter (Vesle-Per og Store-Per)
- Tatterhood (Lurvehette)
- The Cock and Hen That Went to the Dovrefell (Høna som skulle til Dovre forat ikke allverden skulle forgå)
- Katie Woodencloak (Kari Trestakk)
- Thumbikin (Tommeliten)
- 草むらのお人形[11] (Dukken i gresset')
- 男の子と悪魔[11] (Gutten og fanden)
- The Cock and Hen a-Nutting (Hanen og høna i nøtteskogen)
- The Big Bird Dan (Fugl Dam)
- ソリア・モリア城[13] (Soria Moria slott)
- Bruin and Reynard (Reven snyter bjørnen for julekosten)
- Tom Totherhouse (Pål Andrestua)
- Little Annie the Goose-Girl (Vesle Åse Gåsepike)
- 「やあ、こんにちは!」「斧の柄!」[13] (God dag, mann! - Økseskaft)
- 炭焼き[13] (Kullbrenneren)
- 牧師と寺男[11] (『牧師と下男』[13]の日本語題も。Presten og klokkeren)
- 白クマ王ヴァレモン[11] (『白熊王ヴァレモン』[13]の日本語題も。Kvitebjørn kong Valemon)
- 旅の仲間[11] (Følgesvennen)
- ちびフリックとバイオリン[11] (『小さなフレディとヴァイオリン』[13]の日本語題も。Veslefrikk med fela)
- 自分たちだけで暮らそうと森に行った羊とブタ[11] (『自分たちだけで暮らそうと森へ入った羊と豚』[13]の日本語題も。Væren og grisen som skulle til skogs og bo for seg selv)
- 灰つつきとすてきな仲間たち[11](『アスケラッドとよき助手たち』[13]の日本語題も。Askeladden og de gode hjelperne)
- Den syvende far i huset ※ノルウェー語題
- Mumle Gåsegg ※同上
- Peik ※同上
- Reve-enka ※同上
[編集] 脚注
- ^ 山室静「少年少女のための北欧文学の歩み」(『少年少女世界の名作文学 第39巻 北欧編2』、1967年、小学館、ASIN B000JBPPIW)488頁で確認した日本語題。
- ^ a b 『ノルウェーの民話』333頁(訳者あとがき)。
- ^ a b c d 『太陽の東 月の西』260頁(訳者あとがき)。
- ^ 『太陽の東 月の西』268頁(三瓶恵子「三度出会う物語」)で確認した日本語題。
- ^ a b 『ノルウェーの民話』(パット・ショー「ノルウェーの民話と挿絵について」)9-10頁。
- ^ a b 『ノルウェーの民話』(訳者あとがき)333-336頁。
- ^ a b 『ノルウェーの民話』(訳者あとがき)335-336頁。
- ^ Norske Folkeeventyr. A Polysystemic Approach to Folk Literature in Nineteenth-Century Norway (Mette Rudvin)
- ^ 『ノルウェーの民話』(パット・ショー「ノルウェーの民話と挿絵について」)11-13頁。
- ^ 『ノルウェーの民話』(パット・ショー「ノルウェーの民話と挿絵について」)10-11頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『ノルウェーの昔話』で確認した日本語題。
- ^ a b c d e f g h i j 『太陽の東 月の西』で確認した日本語題。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『ノルウェーの民話』で確認した日本語題。
- ^ a b 『アンドルー・ラング世界童話集 第1巻 あおいろの童話集』(西村醇子監修、東京創元社、2008年1月、ISBN 978-4-488-01856-6)で確認した日本語題。
- ^ 『アンドルー・ラング世界童話集 第2巻 あかいろの童話集』(西村醇子監修、東京創元社、2008年1月、ISBN 978-4-488-01857-3)で確認した日本語題。
- ^ 『世界傑作絵本シリーズ 三びきのやぎのがらがらどん - アスビョルンセンとモーによるノルウェーの昔話』(瀬田貞二訳、福音館書店、1965年、ISBN 978-4-8340-0043-6)で確認した日本語題。
[編集] 参考文献
- ペーター・クリステン・アスビョルンセン&ヨーレン・モー『ノルウェーの民話』米原まり子訳、青土社、1999年、ISBN 978-4-7917-5721-3。
- アスビョルンセンとモー『ノルウェーの昔話』大塚勇三訳、福音館書店〈世界傑作童話シリーズ〉、2003年、ISBN 978-4-8340-0828-9。
- アスビョルンセン『太陽の東 月の西』佐藤俊彦訳、岩波書店〈岩波少年文庫〉、2005年新版、ISBN 978-4-00-114126-9。