ノラ・ミャオ

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ノラ・ミャオ
中国語 苗可秀
Miáo Kěxiù
Miu Ho-Sau
出生名 陳詠憫
祖籍 広東省中山市
出生 1952年2月8日(62歳)
香港の旗 香港 
国籍 カナダの旗 カナダ
英語名 Nora Miao
職業 女優司会者
活動期間 1970年 -

ノラ・ミャオ苗可秀Nora Miao 、1952年2月8日 - )は、香港出身の女優司会者。本名は陳詠憫。芸名の由来は、金庸が「苗が成長し、秀でる ⇒ 苗可秀」と名付けたことから。は所属していたゴールデン・ハーベストの「ハーベスト」を、中国語に訳した「芽」から肖っている。

千葉真一ブルース・リーが主演した映画のヒロイン役や、ジャッキー・チェン主演の映画、その他の香港映画台湾映画テレビドラマで活躍した。

来歴[編集]

父親が航空機整備士の家庭で、4男1女の第3子で生まれた。九龍聖德肋撒英文學校卒業後、商社勤務を経て、1970年ゴールデン・ハーベストの新人オーディションに合格。1971年の『アンジェラ・マオ 8人のドラゴン/天龍八将』でデビューし、2作目の『刀不留人』で主役に抜擢され、同年の『鬼流星』でも主演した。

1972年日本韓国香港タイ王国の4か国共同で制作された『東京-ソウル-バンコック 実録麻薬地帯』に出演。日本では1973年に公開され、ミャオの日本初お披露目となった。ミャオは千葉真一のヒロインに扮し、香港で公開されたバージョンでは千葉とキスシーンを演じている[1]。千葉はミャオを「とても大人しくて、可愛くていい女」と評している[2]。この後は複数のブルース・リー主演作品でヒロインを演じた後、1974年にゴールデンハーベストから独立し、フリーランスの女優として香港・台湾の双方の映画・テレビドラマに出演し、1970年代後半には司会業にも進出した。

1980年に結婚したがその後も日本で人気は下がらず、ロードショー (雑誌)SCREEN (雑誌)の人気投票では、1980年代前半まで毎月1位~3位にランクインしていた。1990年代カナダ移民し、トロントで暮し始めた。CMFTチャンネルのテレビ番組や、CCBCラジオ上でラジオ番組「Coffee Talk 」を担当するなど、拠点はトロントに置いているが、合間に香港のテレビドラマにも出演した。

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

エピソード[編集]

『ドラゴン危機一発』のカキ氷屋の少女の役は、ヒットを確信したゴールデン・ハーベスト社長のレイモンド・チョウが、ミャオを売り出すために台本に書き加えさせたものである。『ドラゴン怒りの鉄拳』でブルース・リーの恋人役を演じたが、リーとのキスシーンは、リーが映画で演じた唯一のラブシーンである。リーの映画に出演して有名になった女優のマリア・イー(衣依)(『ドラゴン危機一発』)やアンジェラ・マオ(茅瑛)(『燃えよドラゴン』)が早々と結婚する中、ミャオは20歳代後半まで独身を通した。このため、香港の芸能誌紙がミャオの私生活について憶測記事を掲載し、その中に「リーの恋人だった」との記事もあったが、ミャオは「リーを尊敬している」と明言しつつ、恋人説は強く否定している。後にリーのドキュメンタリー映画などでインタビューに応じ、「ブルースは完璧主義者。酒も煙草も吸わず、若い男性らしい楽しみより、いかに映画を面白くするかだけを考えていた」と語った[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 1973年昭和48年)のロードショー (雑誌)には、映画のスチル写真として紹介されている。
  2. ^ ギンディ小林市川力夫「『仁義なき戦い』悪人大名鑑」、『映画秘宝』第19巻第4号、洋泉社2013年3月21日、 49頁。
  3. ^ 香港公開は1972年、日本公開は1973年である。
  4. ^ 『ブルース・リー神話』より。

外部リンク[編集]