ネルソン・オルドリッチ

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ネルソン・オルドリッチ
生年月日 1841年11月6日
出生地 ロードアイランド州フォスター
没年月日 1915年4月16日(73歳)
死没地 ニューヨーク州ニューヨーク
出身校 イースト・グリーンウィッチ・アカデミー
現職 実業家
所属政党 共和党
配偶者 ”アビー” アビゲイル・ピアース・トゥルーマン・チャップマン

アメリカ合衆国上院
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ネルソン・W・オルドリッチ英語: Nelson Wilmarth Aldrich1841年11月6日 - 1915年4月16日)は、アメリカ合衆国政治家。1881年から1911年までの30年間アメリカ合衆国上院議員を務めた。また共和党の院内幹事でもあった。

上院議員として国政に大きな影響力をもち、また上院財政委員会の委員長を長く務めたことから、報道機関や一般大衆からは「国家の総支配人(General Manager of the Nation)[1]」と呼ばれ、20世紀はじめの10年におけるあらゆる関税政策と金融政策に影響を及ぼした。特に、オルドリッチがエドワード・ブリーランド下院議員と共同起草し、1908年に制定されたオルドリッチ=ブリーランド法は、後の連邦準備制度設立に影響を与えた。他方、路面鉄道、砂糖、ゴム、銀行業などに投資し、裕福にもなった。息子リチャード・オルドリッチは下院議員になり、娘アビーはジョン・ロックフェラーの一人息子ジョン・ロックフェラー・ジュニアと結婚している。アビーの子であり、ネルソンの孫であるネルソン・ロックフェラーは、ジェラルド・フォード大統領の元で副大統領を務めている。

出自[編集]

ネルソン・オルドリッチは、ジョン・ウィンスロップウィリアム・ウィッケンデン英語版ロジャー・ウィリアムズの血を引く家に生まれた[2][3]。だがネルソンが生まれた分家は世代を重ねるうちに没落していた。ネルソンの母はアビー・バージェス、父はアナン・E・アルドリッチで工場労働者である。アメリカのアルドリッチ家の始祖は17世紀にマサチューセッツ州メンダン移民してきたジョージ・アルドリッチであり、このためオルドリッチ・ファミリー協会とオルドリッチ一族の墓は、かつてメンダンの一部であったマサチューセッツ州アックスブリッジにある。ロードアイランド州にあるイースト・グリーンウィッチ・アカデミーに入学したネルソンは、ロードアイランド州で育ち、やがて実業家政治家として成功した。オルドリッチの一族からは上院議員、副大統領をはじめ多数の政治家が生まれ、米政界で一時代を築いた。

政界活動[編集]

プロビデンスにあるオルドリッチの家。アメリカの歴史建造物である。

オルドリッチの最初の仕事は州最大の食料品卸商の記録係であった。オルドリッチは出世し同社のパートナーとなっている。1866年10月9日に、裕福で生まれ育ちの良いアビー(Abigail "Abby" Pearce Truman Chapman)と結婚し、1877年には、議員になる前にもかかわらず、プロビデンス市議会議長とロードアイランド州下院議長を務め、州の政策に影響を及ぼす程になっていた[4]

1878年、ロードアイランド州の共和党幹部によって下院議員に推薦されたオルドリッチは、1881年には上院議員に選出された。オルドリッチは共和党の有力議員として1881年から1911年まで上院議員を務め、1899年からは上院財政委員会の委員長の座にも就いた。 

1906年、オルドリッチは所有していたロードアイランド路面鉄道株を、J・P・モルガンの忠実なる協力者チャールズ・サンガー・メレンが社長をつとめるニューヨーク・ニューヘイブン・アンド・ハートフォード鉄道に売却した。また同じ1906年、オルドリッチや他アメリカ人投資家ベルギー領コンゴの鉱山とゴムに多額の投資をし、植民地で奴隷に労働を強制していたベルギー国王レオポルド2世を支援もしていた[5]

1907年、J・P・モルガンはニッカーボッカー信託会社が破産状態にあるとのを公表した。後年の歴史家には、これは意図的な市場操作で、1907年恐慌を招き、モルガンによる銀行支配の優位性を強化するための行為であったと信ずる者もいる[6]。この1907年の金融恐慌の影響を受けて、1908年オルドリッチ=ブリーランド法(Aldrich–Vreeland Act)が議会を通過し国家金融委員会が設立され、オルドリッチが委員長となった。30冊もの報告書が出された後、同委員会でオルドリッチ・プランが策定され、後の連邦準備制度の基礎が形作られた。

1909年のペイン=オルドリッチ関税法Payne-Aldrich Tariff Act)の共同起草者でもあるオルドリッチは、美術品の制限的輸入関税を撤廃し、アメリカ人非常に高額な欧州の美術品を購入できるようになり、これは多くの主要な美術館の基礎となった。

1909年、オルドリッチは連邦所得税を確立するための憲法修正案を提出したが、10年前に似たような案が出されたときは「共産主義的だ」と述べていた。

NEW WINE IN OLD BOTTLES(古い革袋に入れた新しいワイン)
タフトはオルドリッチに進歩主義的考えを植え付けようとした。

オルドリッチは、上院共和党議員総会の会長も務めている。上院議員時代には、上院財政委員会、対沿岸部輸送路委員会 議事規則委員会、コロンビア特別区委員会などでも委員長を務めた。

オルドリッチは欧州の国立銀行を視察し、イギリスドイツフランスはより進んだ中央銀行制度をもっているものと信ずるようになった[7]。1910年11月に金融政策と銀行制度について話し合うためジョージア州の海岸沿いのジキル島にある「ジキル島クラブ英語版」で秘密会議を開いた。ポール・ウォーバーグドイツ語版英語版エイブラハム・アンドリューヘンリー・デイビソン英語版ら主要な銀行家や経済学者たちと共にアメリカに中央銀行を設立する計画を練った。1913年、ウッドロウ・ウィルソンはオルドリッチの構想を元にしたロバート・オーウェン英語版カーター・グラスの提出したオーウェン・グラス法英語版案に署名した。

1901年に娘のアビー・グリーン・オルドリッチがジョン・ロックフェラー・ジュニアと結婚、その子で、ネルソンに因んで名づけられたネルソン・ロックフェラーは、1960年、1964年、1968年と共和党大統領候補を逃したが、ジェラルド・フォードが大統領になるとその副大統領に指名された。

オルドリッチは、1915年4月16日、73歳で死去し、ロードアイランド州プロビデンスのスワン・ポイント墓地に埋葬された。


関連文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ デイヴィッド・ロックフェラー著 楡井浩一訳 『ロックフェラー回顧録』 新潮社2007年、25頁。ISBN 978-4105056513
  2. ^ William G. McLoughlin, Rhode Island, a History, (W.W. Norton & Co. 1986), 149 [1]
  3. ^ James Pierce Root, Steere Genealogy: A Record of the Descendants of John Steere, who Settled in Providence, Rhode Island, about the year 1660, (Providence: Riverside Press, 1890).
  4. ^ Bernice Kert, Abby Aldrich Rockefeller: The Woman in the Family, 1993, p. 17
  5. ^ Jerome L. Sternstein, "King Leopold II, Senator Nelson W. Aldrich, and the Strange Beginnings of American Economic Penetration of the Congo," African Historical Studies, Vol. 2, No. 2 (1969), pp. 189-204
  6. ^ Allen, Frederick (April 25, 1949). “Morgan the Great”. Life Magazine 26 (17): 126. http://books.google.com/books?id=IE4EAAAAMBAJ&lpg=PA126&dq=the%20morgan%20interests%20took%20advantage%20shrewdly&pg=PA126#v=onepage&q=the%20morgan%20interests%20took%20advantage%20shrewdly&f=false. 
  7. ^ Europe and Central Banks, New York Times, January 9, 1910, Annual Financial Review, pg 8.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

議会
先代:
ベンジャミン・イームズ
ロードアイランド州第1区選出下院議員
1879年3月4日 – 1881年10月4日
次代:
ヘンリー・スプーナー
議会
先代:
アンブローズ・バーンサイド
ロードアイランド州選出上院議員(第1部)
1881年10月5日 – 1911年3月4日
同職:ヘンリー・アンソニーウィリアム・シェフィールドジョナサン・チェイスネイサン・ディクソンジョージ・ウェットモア
次代:
ヘンリー・リピット
司法職
先代:
ジャスティン・モリル
バーモント州
米上院財政委員会委員長
1899年 – 1911年
次代:
ボイス・ペンローズ
ペンシルベニア州