ネイティヴダイヴァー
| ネイティヴダイヴァー | |
|---|---|
| 英字表記 | Native Diver |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | セン |
| 毛色 | 黒鹿毛 |
| 生誕 | 1959年 |
| 死没 | 1967年 |
| 父 | Imbros |
| 母 | Freet Diver |
| 生国 | |
| 生産 | Mr.& Mrs.L.K.Shapiro |
| 馬主 | Mr.& Mrs.L.K.Shapiro |
| 調教師 | Michael E.Millerick(アメリカ) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 81戦37勝 |
| 獲得賞金 | 1,026,500ドル |
ネイティヴダイヴァー (Native Diver) は、アメリカ合衆国で生産・調教された競走馬。おもに西海岸で走り、ハリウッドゴールドカップ3連覇などの成績を残した。ザ・ダイバーの愛称で親しまれ、同時期に東海岸で活躍したケルソとともに、セン馬の名馬として知られている。20世紀のアメリカ名馬100選では第60位に選ばれている。
目次 |
出生[編集]
ネイティヴァダイヴァーは母フリートダイヴァーと同様、シャピロ夫妻によって育てられた。フリートダイヴァーは父デヴィルダイヴァー、母父カウントフリートという良血馬であるにも関わらず、3,500ドルほどの安値であった。
戦績[編集]
2 - 3歳時[編集]
1961年9月のデビュー戦を圧勝で飾り、圧勝の連続で3連勝を飾る。年末には、カリフォルニアブリーダーズチャンピオンステークスに臨み、2番人気に支持されるが4着だった。この後、生来の激しい気性と首の高い走法を改善すべく去勢されるが、結果的にあまり効果は表れなかった。
3歳時は5月のデボネアステークスで復帰し、勝ったり負けたりを繰り返していたが、11月のヒルズデールハンデキャップをレコードタイムで勝利すると、年末のマリブステークスまで4連勝を記録している。
古馬時代[編集]
5歳時はサンフェルナンドステークスで、東から遠征してきた元2歳チャンピオン・クリムゾンサタンと対戦し、2着になった他、10月にはタンフォラン競馬場のウェストレイクハンデキャップでトラックレコード12馬身の圧勝劇を演じている。年末のゴールデンゲートハンデキャップでは59キロの斤量を課せられるが、これを克服し勝利している。
6歳時はカリフォルニアンステークスで、ケルソと生涯唯一の対戦をしているが、結果はケルソが6着、ネイティヴダイヴァーが8着と、凡戦になってしまっている。7月には南アフリカから移籍してきたコロラドキングとアメリカンハンデキャップ、ハリウッドゴールドカップで連戦し、いずれも敗れてしまうが、この後年をまたいで5連勝を記録している。
その後8歳まで走ったネイティヴァダイヴァーはハリウッドゴールドカップ3連覇、カリフォルニアの6つの異なる競馬場で勝利などの記録を残し、カリフォルニアの競走馬としては、初の100万ドルホースとなった。
デルマーハンデをレコード勝ちしてからまもなく腸疝痛のために死亡した。遺体はハリウッド競馬場のスタンド近くに埋葬されている。
年度別競走成績[編集]
- 1961年(2歳) 5戦3勝
- エルカミーノハンデキャップ
- 1962年(3歳) 11戦6勝
- デボネアステークス、ヒルズデールハンデキャップ、サリナスハンデキャップ、サンホセハンデキャップ、マリブステークス
- 1963年(4歳) 15戦5勝
- イングルウッドハンデキャップ、サンディエゴハンデキャップ、ウェストレイクハンデキャップ、サンフランシスコマイルハンデキャップ、ゴールデンゲートハンデキャップ
- 1964年(5歳) 15戦6勝
- ウィリアム G・ギルモアハンデキャップ、オークランドハンデキャップ、イングルウッドハンデキャップ(連覇)、サンディエゴハンデキャップ(連覇)、レッドウッドシティハンデキャップ、パロスヴェルデスハンデキャップ
- 1965年(6歳) 10戦7勝
- サンカルロスハンデキャップ、アルベイニーハンデキャップ、ロサンゼルスハンデキャップ、アメリカンハンデキャップ、ハリウッドゴールドカップ、サンディエゴハンデキャップ(3連覇)、パロスヴェルデスハンデキャップ(連覇)
- 1966年(7歳) 12戦4勝
- サンパスカルハンデキャップ、サンバーナーディーノハンデキャップ、イングルウッドハンデキャップ(3勝目)、ハリウッドゴールドカップ(連覇)
- 1967年(8歳) 13戦6勝
- サンカルロスハンデキャップ(2勝目)、アルベイニーハンデキャップ、(2勝目)、サンフランシスコマイルハンデキャップ(2勝目)、ロサンゼルスハンデキャップ(2勝目)、ハリウッドゴールドカップ(3連覇)、デルマーハンデキャップ
表彰[編集]
- 1978年 - アメリカ競馬名誉の殿堂博物館に殿堂馬として選定される。
- 1999年 - ブラッド・ホース誌の選ぶ20世紀のアメリカ名馬100選において、第60位に選出される。
- 1978年 - ハリウッドパーク競馬場に、同馬の名を冠した「ネイティヴダイヴァーハンデキャップ」 (G3) が創設される。
血統表[編集]
| ネイティヴダイヴァーの血統 (ファラリス系 / Bull Dog(Sir Gallahad III) 3x5=15.63%) | |||
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父
Imbros 1950 栗毛 アメリカ |
Polynesian 1942 青鹿毛 アメリカ |
Unbreakable | Sickle |
| Blue Glass | |||
| Black Polly | Polymelian | ||
| Black Queen | |||
| Fire Falls 1942 鹿毛 アメリカ |
Bull Dog | Teddy | |
| Plucky Liege | |||
| Stricken | Pennant | ||
| Moody Mary | |||
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母
Fleet Diver 1950 鹿毛 アメリカ |
Devil Diver 1939 鹿毛 アメリカ |
St. Germans | Swynford |
| Hamoaze | |||
| Dabchick | Royal Minstrel | ||
| Ruddy Duck | |||
| Our Fleet 1946 栗毛 アメリカ |
Count Fleet | Reigh Count | |
| Quickly | |||
| Duchess Anita | Count Gallahad | ||
| French Duchess F-No.2-j | |||
外部リンク[編集]
- 競走馬成績と情報 JBISサーチ