ヌオン・チア
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ヌオン・チア(Nuon Chea、1926年7月7日 - )は、カンボジアの政治家。クメール・ルージュ、ポル・ポト派最高幹部の一人。同派では第2位の地位にある[1]。
経歴 [編集]
- 1926年 - カンボジアバタンバン州に生まれる。生家は華僑で、裕福な家であったという[2]。
- 1950年 - タイ共産党に入党[3]。
- 1951年 - インドシナ共産党に転籍後、クメール労働者党(後のカンボジア共産党)結成に参画。
- 1975年 - カンボジア人民代表議会議長に就任。ポル・ポトに次ぐナンバー2と目される。
- 1979年 - ベトナムの侵攻に伴い政権崩壊。ゲリラ活動に転じる。
- 1998年 - 現政権に投降。恩赦を受けて釈放後、パイリンに居を移す。
- 2007年 - カンボジア特別法廷に拘束される。
その後は高齢のため入退院を繰り返しており、公判維持が難しくなっている[1]。
出典 [編集]
- ^ a b “ポル・ポト派ナンバー3死去、虐殺究明に影響も”. 読売新聞. (2013年3月14日) 2013年3月15日閲覧。
- ^ “ポル・ポト派ナンバー2のヌオン・チア容疑者、虐殺指示か”. AFP.BB.NEWS 2010年9月17日閲覧。
- ^ 村嶋英治「カンボジア共産党ナンバー・ツー、ヌオン・チア(Nuon Chea)のバンコク時代(1942年-1950年)、『アジア太平洋討究』(早稲田大学)第11号、2008年