ニュージーランド国民党

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ニュージーランドの旗 ニュージーランドの政党
ニュージーランド国民党
New Zealand National Party
Rōpū Nāhinara
党首 ジョン・キー
成立年月日 1936年5月14日
パーラメント議席数
(49%)
59 / 121
(2011年11月26日)
政治的思想・立場 保守主義
キリスト教右派
中道右派
公式サイト New Zealand National Party
シンボル
国際組織 国際民主同盟
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ニュージーランド国民党(ニュージーランドこくみんとう、英語: New Zealand National Partyマオリ語: Rōpū Nāhinara)は、ニュージーランド中道右派保守主義政党ニュージーランド労働党と並んでニュージーランドの二大政党の一つ。国際民主同盟に加盟している。

政治思想[編集]

歴史[編集]

  • 1936年に改革党と統一党(かつての自由党)が合体して誕生した。世界恐慌の中、改革・統一両党の保守連立政権は1935年の選挙で労働党に敗北し、これをきっかけとして両党は保守合同に踏み切り、名前を国民党と改めた。以来、政権を3度(1949~57、1960~72、1975~84)にわたり担っている。党の政策は、企業活動に対し政府の介入や規制を極小化するなど、典型的な保守政党として政策を推進してきた。
  • 第二次世界大戦後は一貫して親米政策をとっている。安全保障分野ではオーストラリアアメリカとともに太平洋安全保障条約の締結を行い、またエシュロンにも参加している。経済分野でもアメリカ資本やオーストラリア資本導入を受け入れることで産業振興に力を入れてきた。また国の主要な産業である酪農品の輸出では日本を重視すると共に、オーストラリアと経済緊密化協定を結んで両国経済の一体化をはかった。しかし世界経済の不況とインフレの前に、マルドーン首相は1984年選挙でロンギ労働党政権に敗れた。
  • アパルトヘイト政策によって国際社会から孤立していた南アフリカラグビー代表チームのニュージーランド遠征を受け入れるか否かについて国論が二分された際、国民党はスポーツの政治介入阻止とラグビー南ア代表の入国を認めることを選挙公約に掲げて勝利。マルドーン政権はラグビー・ニュージーランド代表チームを南アに遠征させた。これに抗議するため、1976年に開かれたモントリオール五輪では、多くのアフリカ諸国が五輪をボイコットする事態となった。にもかかわらず、マルドーン首相は南ア代表チームの自国遠征を認め、国内の反アパルトヘイト抗議デモを「極左による反体制運動」と決めつけて厳しく取り締まった。しかし、南ア対ニュージーランドのラグビー試合は、試合会場にデモ隊が乱入し、試合は中止に追い込まれた。
  • 2006年にドン・ブラッシュが党首を辞任し、キリスト教右派思想を持つジョン・キーが党首となった。
  • 2008年の総選挙では58議席(定数121)を獲得しニュージーランド労働党から3期9年ぶりに政権を奪還する。次の2011年の総選挙でも59議席を獲得、引き続きキー政権続投となった。

歴代党首[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]