ニャホ・ニャホ=タマクロー
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ニャホ・ニャホ=タマクロー(Dr.Nyaho Nyaho-Tamakloe、1942年5月7日 - )は、ガーナのサッカー協会元会長。また同国の医師で政治家でもある。
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[編集] プロフィール
ガーナでも「ニャホ」は珍しい名前であり、また同国の名門サッカークラブ、アクラ・ハーツ・オブ・オークの運営でもその手腕を発揮した[1]ことで知られる国民的な有名人であるが、サッカーそのものの経験はほとんどない。
日本ではテレビ番組「トリビアの泉」で紹介された。
2004年にニャホ=タマクローが協会評議会に対し構造批判を伝えるための私信を出していたが、その私信が協会評議会の反感を買ってしまう。協会評議会がニャホ=タマクローを告発する議事を作成し始めるが、ニャホ=タマクローは告発の差し止めを求めていた。だが結局は首都アクラの高等裁判所により、『告発議事を作成し続けることが認められる』という判決が下されてしまい、ニャホ=タマクローは自らの意思でガーナサッカー協会会長職を辞任した。
[編集] 略歴
- 1942年、生誕。
- 2004年4月、ガーナサッカー協会会長職に就任。
- 2005年5月、ガーナサッカー協会会長職を辞任。
- 2006年8月現在、セルビアのガーナ大使館に所属。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注・出典
[編集] 外部リンク
- Ghana Soccer Page
- ガーナのニュース検索 "nyaho-tamakloe"(2004, 2005の記事が多い)