ニムロド

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ニムロド。

ニムロドヘブライ語: נמרוד‎)は旧約聖書の登場人物で、『創世記』の10章においてクシュの息子として紹介されている。クシュの父はハム、その父はノアである。

『創世記』におけるニムロド[編集]

同時代の登場人物たちは概ね民族の代表者(族長)として記録されており、その名前はそれぞれの民族名をも兼ねているのだが、ニムロドの場合、そういった民族的な背景は触れられずに単なる個人名として記されている。また、単独で紹介された人物としては相対的に情報量が少ない。だが、同時代人が残した言葉により彼が狩人の英雄として有名であったことは今日でもよく知られている。その他、彼の王権がバベルウルクアッカド、カルネ(その所在はいまだに特定されていない)といった古代都市を含むシンアルの地、及びニネヴェカラ、レセン、レホボット・イール(この都市の所在も不明である)のあるアッシリア地方にまで広がっていたことが『創世記』(10章)では述べられている。また、『ミカ書』(5章)ではアッシリアについて預言する際、同地を「ニムロドの地」として言及している。

ミドラーシュにおけるニムロド[編集]

一方、ミドラーシュではよりネガティブな人物として想定されている。それは彼の名前が即、神に対する反逆を表明しているからである。つまり「ニムロド」とはヘブライ語で「我々は反逆する」を意味している。狩人としての彼の行為もまた、凶暴かつ残虐的に描写されている。なかんずくバベルの塔の建造においてはその企画発案者と見なされており、ミドラーシュには、バベルでの偶像崇拝を拒絶した青年時代のアブラハムを炉に投げ入れるよう命じる場面が詳述されている。この逸話は一神教徒アブラハムと偶像崇拝者ニムロドとの間に起きた神学的な闘争として、アブラハムの信仰心について語る際によく引用されている。

僕(しもべ)たちはアブラハムを捕らえるとニムロドに引き渡した。ニムロドはアブラハムに命じた。「火を崇拝せよ!」。するとアブラハムは答えた。「わたしは水を崇拝します。火は水に消されるではありませんか。」ニムロドはまた命じた。「ならば水を崇拝せよ!」アブラハムは答えた。「わたしは雲を崇拝します。水は雲によって運ばれるではないですか。」ニムロドは命じた。「雲を崇拝せよ!」アブラハムは答えた。「では、わたしは風を崇拝します。雲は風によって散らされるではありませんか」。ニムロドはなおも命じた。「風を崇拝せよ!」アブラムは答えた。「ならば人間を崇拝します。人間ならば風に耐えられましょう。」するとニムロドは言った。「おまえは同じ言葉を繰り返してばかりだ。見よ、炎を崇拝するこのわたしが、おまえを炎の中に投げ入れてくれるわ。おまえが神を崇拝しているのならば、神がおまえを炎の中から救い出してくれよう。」ところで、その場にはアブラハムの弟ハランも同席していた。彼は思った。「わたしはどうすればいいのか? もしアブラハムが勝利したならば、『わたしはアブラハムの僕です』と言おう。もしニムロドが勝利したならば、『わたしはニムロドの僕です』と言おう。」アブラハムは燃えさかる炉の中に投げ入れられたが無事に救出された。するとニムロドはハランに聞いた。「おまえは誰の僕か?」ハランは答えた。「わたしはアブラハムの僕です。」ニムロドの僕たちはすぐさまハランを捕らえると炎の中に投げ入れた。彼が炎から出てきたときには腸までもが焼け焦げていた。彼は同席していた父テラの目の前で死んだ。それゆえ、『創世記』(11章28節)には「ハランは父テラの前で死んだ」と書かれているのである[1]


『ベレシート・ラッバー』 パラシャー38.13

ユダヤ人社会では比較的ポピュラーな個人名として通用している。

推定される歴史上の人物[編集]

古来より、伝説上ニネヴェを建設したとされるニムス王とニムロドを同一視する説があるのだが、最新の研究では、アッカドの狩猟農耕の神と讃えられたトゥクルティ・ニヌルタ、あるいは『シュメール王名表』にウルクの初代王として記録されているエンメルカルなどがニムロドと見立てられている。

芸術作品におけるニムロド[編集]

  • ダンテ・アリギエーリの『神曲』では、ニムロドは巨人の姿で登場し、地獄の第九圏において裁かれている。彼に下された罰は、他人には理解できない無駄話を永遠にしゃべり続けながら、彼には理解できない他人の無駄話を永遠に聞き続けるというものであった。これはもちろん、バベルの塔における言語の混乱という故事になぞらえてのことである。
  • ラディーノ語の民謡『ニムロド王の時代』、及び『祖父アブラハム』では、ニムロドとアブラハムの闘争について描かれている。アブラハムの誕生を占う吉兆の星を見たニムロドは、生まれてくる男児のすべてを惨殺するよう全土に布告する。しかしアブラハムの母は荒野へ逃亡し、そこで出産を果たす。アブラハムは成長するに至って一神教に対する信仰を宣言し、神の実在をニムロドに証明する。ニムロドは命じてアブラハムをかがり火の中に投下するのだが、彼は傷ひとつ負うことなく火の中から出てくるのであった。
  • 彫刻家のイツハク・ダンツィゲルは彫像「ニムロド」を制作し、土壌に根ざして生きる人間の崇高性を提唱するカナン主義の理想を具現化している。
  • アメリカスラングでは、愚かな人間を嘲る際の蔑称として「ニムロド」が用いられることがある。その由来は、バッグス・バニーの短編映画にて敵方の愚鈍な猟師を「ニムロド」と呼んでからかっていたことにあるのだが、旧約聖書におけるニムロドが優秀な猟師であったことを鑑みれば、皮肉であることが理解できるであろう。

陰謀論におけるニムロド[編集]

陰謀論の分野において、カトリック教会や、この教派で行なわれるマリア崇敬の起源をニムロドとセミラミスに求める論が存在する[2]。ニムロドが立てた国の一つであるバベル(バビロン、バビロニア)の宗教が後にカトリック教会となり、セミラミスを神として信仰する女神崇拝がマリア崇敬となった、という主張である。マイケル・バーカンによれば、こうした説の起源はスコットランドの神学者アレクサンダー・ヒスロップAlexander Hislop)による反カトリック冊子『ふたつのバビロン 教皇崇拝はニムロデ夫妻崇拝である』(The Two Babylons)に求められる。 日本でも高木慶太と芦田拓也が著書の中で、女大祭司であるニムロデの妻がタンムズという息子を奇跡的に妊娠したと主張し、人々に彼を救世主と説き、これが息子を抱く天の女王崇拝の原型となったとし、これがさらに後代のマリア崇敬につながったとしている[3]。 こうした話は、マリア崇敬を批判するプロテスタントの陰謀論者だけでなく、UFO宇宙人の地球来訪を信じる人々にも受け入れられている。

脚注[編集]

  1. ^ 新共同訳聖書』では「父のテラより先に」と訳されている。
  2. ^ マイケル・バーカン『現代アメリカの陰謀論 黙示録・秘密結社・ユダヤ人・異星人』三交社
  3. ^ 高木慶太、芦田拓也『これからの世界情勢と聖書の預言 改訂新版』いのちのことば社

関連項目[編集]