ニコラウス・ブルーンス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| クラシック音楽 |
![]() |
| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト カテゴリ |
ニコラウス・ブルーンス(Nicolaus Bruhns, 1665年 - 1697年3月19日)は、17世紀ドイツ・バロック音楽最大の作曲家兼オルガニストのひとりで、夭折の天才音楽家。ディートリヒ・ブクステフーデは、自分の最も優れた門人であると見なしていた。
[編集] 生涯
シュヴァープシュテットのオルガン奏者であった父パウル(1640年 - 1689年?)から主な指導を受けた後、ブクステフーデに入門。ブクステフーデの応援でコペンハーゲンの宮廷にヴァイオリン奏者ならびに作曲家として職を得る。1689年にシュレスヴィヒ=ホルシュタインのフースム市のオルガン奏者に任命され、1697年に悲劇的な不慮の死を遂げるまで、その地位にあった(没年齢については31歳説と32歳説があって、はっきりしていない)。
もっぱらオルガニストとして著名であったものの、ブルーンスは多才な音楽家であった。オルガンのペダルで弾かれたバスの旋律線に合わせてヴァイオリンの即興演奏を行なったことで知られている。また当時の最も優れた教会カンタータの作曲家であった。室内楽も作曲したが、惜しむらくは現在失われてしまっている。
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは、後に父親の伝記作家ヨハン・ニコラウス・フォルケルに、父親がブルーンスの作品を崇拝していたと語っている。バッハの死者略歴は、バッハがブルーンス作品を研究して模倣したと述べているが、この話は音楽的にどことなく不明瞭である。
[編集] 外部リンク
- IMSLP - International Music Score Library Project 内のニコラウス・ブルーンスのページ。無料で楽譜PDFが入手可能。


