ニコチン中毒

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ニコチン中毒
概要
診療科 救急医学
分類および外部参照情報
ICD-10 F17.0, T65.2
DiseasesDB 30389
MedlinePlus 002510

ニコチン中毒(Nicotine poisoning)とは、ニコチン過剰摂取によって毒の作用が生じている状態。ニコチンによる薬物中毒である。同じの訳語のニコチン中毒(Nicotine intoxication)は、ニコチンによる精神症状である。依存症については、ニコチン依存症を参照。

症状[編集]

ニコチンは自律神経系、中枢神経などに作用する[1]。少量では刺激であり、大量時には中枢神経抑制によって呼吸停止がありえる[1]。しかし、嘔吐作用によってある程度が嘔吐され吐き出されることも多い[1]。末梢血管収縮、血圧上昇、心拍増加などが起こる[2]。タバコなど経口から摂取した場合に、症状は15-30分で出現し、半減期は1時間である[1]。歴史的にニコチンの致死量は成人で60mg以下(30-60mg)と記載されてきたがマウスでの半数致死量よりもかなり低く、実際の無数の事故の症例に整合しないため、古典を辿ったところ、19世紀半ばの薬理学者による怪しげな自己投与実験から推定されたものであり、現実的なニコチンの致死量はその10倍以上の0.5gから1gだと考えられる[3]

急性症状は、脱力感、発汗、悪心、嘔吐、腹痛、便意、また、頭痛、不安、震え、頻尿、顔面蒼白、錯乱などであり、高用量では、血圧低下、不整脈、呼吸困難、致死量では全身けいれん、意識障害が生じる[2]。また、非喫煙者では少量でも重篤な症状が生じることがある[2]

治療[編集]

ニコチンには解毒薬はない[2]

小児のたばこの誤食では、従来紙巻きたばこ1本が致死量とされたが、8割が無症状で死亡例がないため胃洗浄を行わない例も増え、無症状から軽症では無処置で2時間観察する方法もある[1]。日本中毒情報センターでも無症状では無処置と経過観察を推奨している[1]。小児科学会は、2cm以下や症状がなければ4時間の経過観察を推奨しているが、症状があれば胃洗浄を推奨[1]。ロッキーマウンテン中毒センターは、2本までは口のすすぎ、4本までは活性炭の投与を追加、それ以上で胃洗浄とするが、それ以上というのは子供の誤食ではありえず観察を意味する[1]。摂取した場合、飲み物は吸収を早めるため禁忌となる[1]。過去100年間の子供の誤食ではおよそ1170例で死亡例がないが、成人の意図的な服用では、子供の誤食とは異なり重症化や、死亡例の報告がある[1]。呼吸困難となれば、人工呼吸器も必要となる[2]

禁煙補助のためのニコチン製剤では、ニコチンパッチを使用している際のたばこの喫煙は中毒症状が出現することがあり、心筋梗塞、不整脈などが発症したとの報告もある[2]。急性症状が出現した場合には、パッチをはがし貼り付け部を水のみで洗う[2]。ニコチンガムを誤飲した場合、体内の酸性の環境ではニコチンは吸収されにくいため比較的安全である[2]。子供のガムの誤飲でも経過観察で済んだ例がある[2]

日本中毒情報センターに電話でのタバコ専用相談が設けられている[4]

しかし、すでに水に溶けたニコチンは吸収が早く症状も重いとされ、作物としてのタバコ収穫作業従事者の間では経皮吸収による生葉たばこ病と呼ばれる急性中毒が発生することがある[5]。ニコチンの溶けだした溶液を飲み込んだ場合、胃洗浄を行う[4]

研究[編集]

日本薬理学会学会誌においてビタミンB1によるニコチン拮抗作用が報告されている[6][7][8][9][10][11][12]。人体を対象とした実験では、多量投与によって喫煙時の一般症状(顔面蒼白、悪心、嘔吐、振戦、呼吸促迫、心悸亢進等)が著しく軽減したという報告がある[13]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 中毒症のすべて 2006, pp. 278–282.
  2. ^ a b c d e f g h i 中毒症のすべて 2006, pp. 378–384.
  3. ^ Mayer, Bernd (2013). “How much nicotine kills a human? Tracing back the generally accepted lethal dose to dubious self-experiments in the nineteenth century”. Archives of Toxicology 88 (1): 5–7. doi:10.1007/s00204-013-1127-0. PMC 3880486. PMID 24091634. https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00204-013-1127-0. 
  4. ^ a b 日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会「タバコの誤飲に対する処置について」『日本小児科学会雑誌』第102巻第5号、1998年5月1日、613頁、NAID 10008125255 
  5. ^ 三角順一、小山和作、三浦創、たばこ収穫作業者における"生葉たばこ病"の2症例およびラットにおけるニコチンの経皮吸収について 産業医学 25巻 (1983) 1号 p.3-9, doi:10.1539/joh1959.25.3
  6. ^ 山本巌; 岩田平太郎; 田守靖男; 平山雅美「ビタミンB1のニコチン拮抗作用について 第1報」『日本薬理学雑誌』第52巻、第3号、日本薬理学会、1956年。doi:10.1254/fpj.52.429 
  7. ^ 山本巌; 岩田平太郎; 田守靖男; 平山雅美「ビタミンB1のニコチン拮抗作用について 第2報」『日本薬理学雑誌』第53巻、第2号、日本薬理学会、1957年。doi:10.1254/fpj.53.307 
  8. ^ 田守靖男「ThiamineのNicotine拮抗作用に関する研究」『日本薬理学雑誌』第54巻、第3号、日本薬理学会、1958年。doi:10.1254/fpj.54.571 
  9. ^ 山本巖; 猪木令三; 溝口幸二; 辻本明「Nicotineに関する研究 Pyruvate酸化におけるNicotineとThiamineの関係」『日本薬理学雑誌』第58巻、第2号、日本薬理学会、1962年。doi:10.1254/fpj.58.120 
  10. ^ 大鳥喜平「Nicotineに関する研究 Nicotineによる致死並びに痙攣に対する拮抗物質について」『日本薬理学雑誌』第60巻、第6号、日本薬理学会、1964年。doi:10.1254/fpj.60.573 
  11. ^ 岩田平太郎; 井上章「モルモット心房標本におけるNicotineとThiamineならびにその誘導体の拮抗作用について」『日本薬理学雑誌』第64巻、第2号、日本薬理学会、1968年。doi:10.1254/fpj.64.46 
  12. ^ 岩田平太郎; 井上章「神経機能におけるThiamineの役割」『日本薬理学雑誌』第68巻、第1号、日本薬理学会、3頁、1972年。doi:10.1254/fpj.68.1 
  13. ^ 田守靖男「ThiamineのNicotine拮抗作用に関する研究」『日本薬理学雑誌』第54巻、第3号、日本薬理学会、578頁、1958年。doi:10.1254/fpj.54.571 

参考文献[編集]

  • 黒川顕『中毒症のすべて―いざという時に役立つ、的確な治療のために』永井書店、2006年。ISBN 4-8159-1741-8 

外部リンク[編集]