ナショナル航空27便エンジン破損事故

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ナショナル航空 27便
概要
日付 1973年11月3日
原因 ファンブレードの共鳴
場所 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューメキシコ州アルバカーキ上空
死者 1
負傷者 0
航空機
機体 ダグラスDC-10-10
運用者 Flag of the United States.svgナショナル航空
機体記号 N60NA
乗客数 124
乗員数 3
生存者 127
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事故機と同型のナショナル航空 DC-10

ナショナル航空27便エンジン破損事故(ナショナルこうくう27びんエンジンはそんじこ)とは、1973年11月3日16時40分(山岳部標準時)ごろ、アメリカ合衆国ニューメキシコ州アルバカーキの南西65海里(およそ120キロメートル)、高度およそ39,000フィートで発生した航空事故である。飛行中のナショナル航空ダグラスDC-10-10 型機(機体記号:N60NA)の第3エンジン・ファンブレードが破損・飛散し、破片が胴体、第1および第2エンジンナセル、右翼を直撃した。当該機はその後アルバカーキ国際空港への緊急着陸に成功したが、破片の一つが客室窓に当り、急減圧により開口部からシートベルトをしていた乗客1名が機外へ吸い出され行方不明となった[1]

調査[編集]

調査の結果、いくつかの興味ある事実が判明した。

飛行中のコックピットクルーの退屈[編集]

事故発生当時、自動操縦で飛行中に、クルーらはエンジンファン速度 (N1) インジケータと自動操縦システムの関係に興味を持ち、実験を行っていた。

機関士:「N1 の回転計を取り外してしまったら、自動スロットルは反応するのでしょうか (--- wonder if you pull the N1, --- tach will that, --- autothrottle respond to N1?)」
機長:「いやー、判らない (Gee, I don’t know)」
機関士:「どうなるかやってみましょうよ (You want to try it and see?)」
機長:「では、やってみよう (Yeah, let’s see here)」[2]

操縦士が対気速度を 5 ノット下げると同時に、航空機関士が、3 つある N1 回転計(タコメーター)のサーキットブレーカーを全て引き抜いた。スロットルが自動的に一旦アイドリング位置に戻ったとき、自動操縦を解除した。このとき爆発音が聞こえた。

ファンブレードの共鳴[編集]

調査の結果、当該機に使用されていたGECF6-6D エンジンの N1 回転数上限は定格の 111% だったが、第 3 エンジンは、他のエンジンが 107% にまで上昇したときに、まだ N1 は 100% だったにもかかわらずファンブレードの飛散が始まっていたことが判明した。許容回転数以下でも、特定の角加速度条件ではファンブレードの共鳴を生じ、スタンディングウェーブが発生したものとみられる。

事故機の履歴[編集]

事故を起こしたN60NA号機は1971年に製造され、同年11月にナショナル航空に納入され、Barbara号と名付けられた。

事故後同機は修理の上Suzanne号と改名して再就航した。ナショナル航空がパンアメリカン航空に合併された後の1984年アメリカン航空に売却され、機体記号をN145AAに変更した。1994年以降はストア状態で、2002年に解体された。

備考[編集]

  • この事故の概要を柳田邦男の著書「航空事故」(中央公論社刊、1975年)で記されているが、この事故を敵役が銃撃で割れた窓から空中に吸い出された007 ゴールドフィンガーのクライマックスシーンになぞらえ「007の恐怖」と表現している。

脚注[編集]

  1. ^ 事故後に当該乗客のサングラスと喫煙パイプが付近の農場で発見された。2年後にはVLA望遠鏡建設のための取り付け道路工事中に白骨化した遺体が発見された
  2. ^ 事故報告書 (NTSB-AAR-75-2)、6ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]