ナゴヤ球場正門前駅

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駅入口(1994年9月21日撮影)

ナゴヤ球場正門前駅(ナゴヤきゅうじょうせいもんまええき)は、愛知県名古屋市中川区露橋2丁目の東海道本線の貨物支線(通称:名古屋港線)上に、1987年7月1日から1994年10月8日までナゴヤ球場による野球観戦者の便を図って設置されていた臨時駅

目次

[編集] 駅設置の経緯

ホーム(1994年9月21日撮影)

現在、中日ドラゴンズホームグラウンド名古屋市東区にあるナゴヤドームとなっているが、それが完成する1996年までは名古屋駅 - 金山駅間で東海道本線中央本線東海道新幹線名鉄名古屋本線などから眺められる中川区のナゴヤ球場であった。

名古屋鉄道では、1944年に開業した名古屋本線上にある山王駅1956年 - 1974年の間「中日球場前駅」、1975年 - 2005年の間「ナゴヤ球場前駅」と改称し、試合開催日には特急・急行電車を臨時停車させるなどして輸送に努めていた。

1987年4月1日国鉄分割民営化によって発足した東海旅客鉄道(JR東海)では、民営化を記念すると共に、日本貨物鉄道(JR貨物)の名古屋港線貨物線)が名鉄より球場の近くを通っていることに目を着け、同線の第二種鉄道事業を取得してこの観客輸送に加わろうと考えた。これは、同年のシーズン入り前に、落合博満日本プロ野球界初の1億円プレーヤーとして中日入団を決めていたことも契機となったと考えられる。

この構想はこの時が初めてではなく、昭和20 - 30年代にも球場近くに仮設ホームを置いて、貨物列車最後部に客車を増結する形で観客輸送を行っていたことがあった。初は1949年(昭和24年)10月の日米親善野球試合の際で、この時は「中日球場前駅」を名乗っていたという。しかしこの時はデーゲームに限られたものであり、更に運行本数も日1往復と微々たる物であったため、同線の貨物列車削減と共にいつしか消滅した。

[編集] 駅概要

駅名が示す通り、この貨物線は一番距離の短い所ではナゴヤ球場から徒歩1分の所を通っていたため、JR東海では新幹線の高架脇で、同線と球場前の道が交差する現在踏切となっている所から南側にかけて、長さ135mの6両編成停車可能なプラットホームを設置した。名鉄のナゴヤ球場前駅から球場へは徒歩で10分程度を要していたため、至便性ではこちらが一枚上手であった。

なお、名古屋港線は東海道本線の支線という扱いではあるが、名古屋港線の分岐点である山王信号場中央線上にあるという性格上、当駅行きの列車は中央線を通らなければならなかったため、名古屋駅から当駅行きの臨時列車は中央線の発車標上に表示されていた。

臨時駅ということもあって、ホームは新幹線高架に接する側に片面のみ、鉄骨で組んだという簡素なものであったが、帰り客への対応をかねて切符売り場も設置されていた。名古屋駅 - 正門前駅間の運賃は140円であった。

[編集] 運行

同線の分岐点は、前述したように名古屋駅から中央本線の線路を1.8km進んだ所にあった山王信号場であり、そこから正門駅前までは0.7kmに過ぎなかった。しかし正門駅には折り返し設備が無いため、同駅南にある八幡信号場か、5.5km離れた名古屋港駅まで回送させて折り返していた。輸送は、試合開始前は名古屋駅から正門前駅へ、試合後半からは正門前駅から名古屋駅方面への一方的なものになるため、車両留置も名古屋港駅で行っていた。

中日 - 広島戦が開催された1987年7月1日に正門前駅は営業を開始した。当初正門前駅行き列車は5本が設定されたが、下りの名古屋駅行きについては、試合の経過具合によって6つのパターンが用意され、8回終了前頃からほぼ10分間隔の運行とした。なお、「JR時刻表」には試合が大幅に延びた場合は試合終了前に運行を打ち切ることがある旨が記載されていた。

JR東海では、名鉄ナゴヤ球場前駅の利用客の数%の移行を予想していたが、実際には球場眼前にあるという至便さから利用率は高く、2 - 3割が名鉄利用から流れたとも言われた。

車両は、貨物線が非電化であったことから高山本線直通急行列車のりくら」に使用されていたキハ58系や、1992年まで紀勢本線特急列車南紀」に使用され、余剰になっていたキハ82系を使用した。特に後者に関してはキハ82系最後の運用ということで鉄道ファンから注目され、更に元特急車グリーン車も無料開放したことから利用客からも好評であった(キハ58系のグリーン車も同様)。

なお、同線は日本貨物鉄道(JR貨物)が保有していた路線であり、JR東海はJR貨物に路線の使用料を支払っていたが、前述のような車両回送の都合で営業区間0.7kmのみでなく、全区間6.2kmを営業線として計算していた。そのため、採算性は余り無かったとも言われている。

[編集] 尾頭橋駅への交代

この駅は予想以上の好評となり、地元民からは常設駅にしてほしいという要望があがった。当時ナゴヤドームの建設が始まっていたが、ウインズ名古屋に近いこともあって利用者は見込めると考えたJR東海は、東海道本線の本線上に尾頭橋駅を設置することを決定し、1995年3月16日に開業させた。

これに伴って本駅はその使命を終え、1994年10月8日のシーズン終了をもって廃止となった。なお、最終日は中日 - 巨人戦で勝利したほうがセントラル・リーグ制覇という、同率首位チーム同士(両チームの勝敗数も69勝60敗)の運命の直接対決「10.8決戦」の当日であった。そのため観客数は相当な数となり、またお別れを記念しての式典も行われたという。

[編集] 隣の駅

名古屋駅 - (1.8km) - (山王信号場) - (0.7km) - ナゴヤ球場正門前駅 - (0.5km) - (八幡信号場) - (5.0km) - 名古屋港駅

[編集] 廃駅後の状況

駅の出入り口である「ナゴヤ球場正門前駅」の駅名板がかかっていた高架線には「尾頭橋駅」への案内表示が代わりに置かれ、ホームが撤去された跡は踏切となった。しかし、壁の一部に現役当時に描かれた選手の絵が残されている。


[編集] 外部リンク

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