ドン全大軍

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ドン全大軍
Всевеликое Войско Донское
ドン軍管州 1918年 - 1920年 ドン州
ドネツィク州
ドン共和国の国旗
(国旗)
国の標語: Всколыхнулся, взволновался православный Тихий Дон
ドン共和国の位置
公用語 ロシア語
首都 ノヴォチェルカースク
議長
1918年 - 1919年 ピョートル・クラスノフ
1919年 - 1920年 アフリカーン・ボガエーフスキイ
変遷
独立 1918年5月18日
ロシア軍による占領 1920年
通貨 ドン・ルーブル

ドン共和国(ロシア語: Донская Республика )、またはドン全大軍Всевеликое Войско Донское )は、ロシア帝国崩壊後のロシア内戦中に構成された反ボリシェヴィキ国家。これらのどちらの名前も1990年代に作られたもの[要出典]1918年5月18日クルークと呼ばれたドン・コサックの会議に独立が宣言された。この出来事の後、5月10日ドン・ソビエト共和国ドン軍管州ロシア語版英語版から一掃された。

ドン共和国はドン地域を領土とし、ノヴォチェルカースクを首都とすることを宣言した。ドン共和国の行政は現代のロシアのロストフ州ヴォルゴグラード州地域、ウクライナのルハンシク州ドネツィク州地域にまたがって 10 の管区(オークルク)に分かれていた。しかし、内戦で赤軍に敗北し、白軍が敗色濃厚になると、この国は消えてしまった。ドン・コサックは離散し、あるいはトルコ、他国へ、あるいは他の地域へと敗走していった。

1991年10月のソ連崩壊に至る過程で、ドン・コサック共和国はノヴォチェルカースクを首都としてロシア連邦に従属する共和国として宣言された。1991年11月、新しく宣言された南ロシア・コサック共和国連合に従属すると宣言された。しかしながら、これらの政治はいずれも承認されず、彼らに宣言された領域はロシア連邦に併合された。

現在はViktor Vodolatskiyに率いられ、会員数は親族を数えなくとも約13万5千人を数えている。いくつかの出典によると、ウクライナにはNikolai Kozytsynに率いられ、登録されたいくつかの名前の非政府組織がある。

関連項目[編集]