ドルシッラ

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Head Drusilla Glyptothek Munich 316.jpg

ユリア・ドルシッラJulia Drusilla, 16年9月16日 - 38年6月10日)は、ローマ皇帝カリグラの妹。

ゲルマニクス大アグリッピナの娘で、兄にネロ・カエサルドルスス・カエサルガイウス・カエサル(カリグラ)が、姉妹に小アグリッピナユリア・リウィッラがいる。

父ゲルマニクスは2代皇帝ティベリウスの弟大ドルスス小アントニアの息子で4代皇帝となるクラウディウスの兄に当たる。母大アグリッピナは初代皇帝アウグストゥスの娘ユリアマルクス・ウィプサニウス・アグリッパの娘であった。ゲルマニクスはティベリウスの養子となっていたので、父からは養子関係によって、母からは直接、アウグストゥスに連なっていた。

16年に属州ゲルマニアの現在のコブレンツ近郊で生まれる。17歳で結婚するが、37年に皇帝の地位を継いだカリグラによって離婚させられる。この時までにカリグラは、彼女だけでなく他の姉妹とも近親相姦を結んでいたと言われている。離婚後すぐに彼女は2度目の結婚をしたが、結婚の相手はカリグラの男色相手であったとも言われている。

彼女は38年に、恐らく流行り病で死んだが、カリグラは妹の死をひどく悲しみ、彼女は女神であると宣言し、ウェヌスとして彼女を神格化した。さらに1年後、カリグラはカエソニアとの間に生まれた一人娘にユリア・ドルシッラの名前をつけている。このカリグラの娘のユリア・ドルシッラは、カリグラが暗殺された際に母カエソニアと共に殺害されている。

カリグラとの関係[編集]

ドルシッラは兄カリグラのお気に入りであり、近親相姦を行っているという噂がよくあった。2人が実際に何らかの性行為をしたかに関してははっきり分からないが、のちの学者はカリグラの評判を落とすという目的のもとで、彼女を売春婦にたとえた。彼の妹達との残虐な近親相姦についての噂は、この現象から生じたと考えられている。

また、当時の上流階級の会食の風習が誤解されて近親相姦という噂に結びついたのではないか、とも言われている。当時の貴族は友人知人を招いて会食を家の主人と妻で取り仕切るのが習わしだったが、もし主催者が独身の男性の場合は、本来妻がいるべき場所に自分の姉妹達を交替で座らせるのが常だった。しかしカリグラはその伝統を守らず、あくまでもその場所をドルシッラのための場所とした。また彼はドルシッラのことを妻(のように会食を取り仕切る役)と公然と皆に言っていた。このような端々の言動が誤解を招いて、あらぬ方向に広がっていった可能性はある。

家族[編集]