ドラゴンソルジャーLAW

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[編集] プロフィール

ドラゴンソルジャーLAW、通称DSL。 1974年(昭和49年)3月6日神奈川県横浜市生まれ。 血液型O型、身長175cm体重80kg。

[編集] 戦歴

  • 2005年11月23日の第4回AXKICK興行におけるザ・ボスコニアン戦でデビュー。
  • その後、ブログがlivedoor格闘家ブログに登録され、2ちゃんねるで叩かれ、2006年2月19日埼玉プロレスで再びサバイバル飛田の火に焼かれる。
  • 2006年4月30日、大阪・羽曳野を本拠地に活動するFU★CK!に初参戦し、マンモス半田の持つFU★CK!認定U-30 INTER NATURAL王座に挑戦するも敗れる。

試合後、三度サバイバル飛田に襲撃される。

  • 2006年11月26日、下町プロレスに初参戦し、観客0人興行として後に伝説となる。
  • 2006年12月17日、マグナム大江戸とのタイトル戦でFU★CK!認定LOL王座を奪取。
  • 2007年4月8日の下町プロレスをきっかけに、同団体のレギュラーに定着。
  • 2007年8月19日、第1回ローカルインディ合同興行の第1試合で魔餓鬼と対戦。

それ以降、ローカルインディ合同興行のレギュラーとなる。

  • 2008年8月10日、第3回ローカルインディ合同興行のミニキャット戦後に同年いっぱいでの無期限休業を発表。
  • 2008年10月12日、水上プロレスでMWGP王座を奪取するも、すぐにカナブンに奪われる。
  • 2008年12月23日、休業記念として初の自主興行、(め)組主催興行を浅草ファイト倶楽部で行う。
  • 2009年1月12日、高島平9丁目プロレスでケニー・オメガと路上で伝説的な戦いを繰り広げる。
  • 2009年7月12日、東海プロレスのメインイベント・野崎王我戦で復活。
  • 2009年8月30日、ユニオンプロレスのドインディランブルに、同じ(め)組のOUKAと共に出場。
  • 2009年12月6日、LINKSのFIGHTING BASICトーナメントで優勝し、初代王者となる。
  • 2010年10月、『マンモスジャパンツアー』に触発されて『DSL48[1]』という企画を始める。
  • 2010年11月23日、LINKS認定無差別級王座戦をJOMと行い、王座を防衛するも、試合後に返上。

[編集] 得意技

EFS(エディゲレロ・フォーエバー・スプラッシュ)
「エディ・ゲレロ、フォーエバー!」と叫んでから飛ぶ、ダイビング・ボディ・プレス。
イナバウア~
「イナバウア~」と叫んで体を逸らしてからのローリングセントーン。
リヴァイアサン
リバース・バックドロップ
Ωドライバー
旋回式スタナー
GO2HEAVEN
デスバレーボムの態勢で抱え上げて、そのまま抱えた方に落とす。
DSLクラッチ2(仮)
横回転式の外道クラッチ
フォーリン・エンジェル
スタンドの状態から膝蹴りを入れて、ネックブリーカー気味に決めるスピニングチョークスリーパー。

[編集] 休業後の活動

  • 2009年5月からアメドライター(アメリカンドラマ・映画ライター)として活動。
  • 2009年8月、モバイル映画情報サイト『映画野郎』(旧『映画秘宝クラブ』)で「DSL AND THE CITY~男が語るアメリカンドラマ」の連載を開始。
  • 2010年8月、ネットラジオ『DSLのユルくダラダラいかせて(通称ユルダラ)』を開始。

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ ドラゴンソルジャーLAW(以下DSL)が47団体においてリングの有無に関係なく試合を行い、「DSLフォーエバー」を合言葉にDSLを再度ブレイクさせる企画である。 47団体を達成したあかつきには『DSL48FINAL』という名の自主興行で、しかるべき選手と対戦することができる。
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