Dr.コパ

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Dr.コパ(ドクター・コパ、1947年5月5日 - )は日本建築家、オリジナルインテリア風水師神主、JRAおよび地方競馬馬主。男性。本名、小林 祥晃(こばやし さちあき)。

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[編集] 経歴

東京都出身。日本大学第三高等学校を経て日本大学理工学部建築学科卒業。祥設計株式会社所長。三宅の宮(観相・家相)を主宰。茶懐石料理教室校長。以前は日本の気学方位学を主にしてきたが、風水ブームの到来により、「風水」を強調。しかしながら、自らを「風水師」と呼ぶことはない。また、妻・小林けい子とともに、中央競馬の馬主としても活動している。尚、テリー伊藤の兄・伊藤光男(卵焼屋店主。通称:アニー伊藤)とは学生時代の友人である。小林自身は昔どおりテリー伊藤のことを「てるお」と呼ぶ。

学生時代の小林自身のあだ名は「サチ」である。また自著で度々明かしてもいるように、過去の確執から親戚一同と折り合いが悪く、いがみ合っている。

長男・照弘はインターネットコパクラブ株式会社代表取締役社長。長女・美穂は「ドーター・コパ」の名で活動中である。

1998年に8繋がりである風水の大吉数8の数字に因んで、8億円の豪邸を「宿す」がテーマな事から東京都内、原宿に建設し入居する。また自らの自家用車のナンバーも風水の大吉数「58」の縁起に因んで末尾「58」である。また銀座の一当地に風水グッズ、家具インテリアを取り扱う風水ショップビルを開店し成功を収めている。

2002年、午年に馬主になり21世紀を競馬の勝ち馬のように疾走し、21世紀の幸運のゴールへ駆け抜けようと馬主になったという。

またメルセデスベンツ社のドイツ現地工場の風水的設計を任されたこともあり活動は世界的、文字通り世界のDrコパである。

実際は風水をマスターしておらず、気学と色彩学の応用ばかりである。このようなことからも、自らを「風水師」と呼ぶことはない。自著や雑誌発行物等で自らの開運法を風水と呼んでいる。風水のイメージを利用する為に羅盤(ローパン)を手に演技している。

一時期、みのもんたと間違われたことも多く、それがきっかけでみのもんたと縁ができたと、自著で述べている。

花風水流家元を名乗り花を生けて飾ることで幸運を呼び込む花風水を創始、提唱、マスメディアに広める。

祖父の代より三代続けて(三代続けて神職の事もあり)日本の伝統建築・風習・伝統行事・縁起・由来の開運法を研究しており、温泉を使った伝統的な開運法など、自身独自・オリジナルの風水開運法と名づけ、中国、アジア、西洋諸国の伝統開運法を吸収しつつ自身の風水術は拡大している。ドラゴン・ライン(龍脈)などの中国の風水の概念も応用しており、世界の事象に動く運気を後天的に捉え活用する学問として成長している。

幼少のころより父の友人であった在日朝鮮人の金(キム)氏にも李氏朝鮮より伝わる李朝風水・古来風水を学んでおり朝鮮風水の法則を自身の風水に生かしている、と自著でも明かしている。

[編集] エピソード

  • 子供のころ多摩川で溺れかかったことがあり、川の主の竜神に助けてもらったことがある。小指に糸のような物が巻きつき引き上げられた。その頃より本人の守護神は竜神である。後年友人の家で再会(偶然、御岳教の行者がそこにおり、行者に憑依した竜神に謝意を述べた)。
  • 学生時代、旅行中に友人とドライブ中、に化かされた事(ドライバーの友人が憑依された)がある。
  • 神職に就いて後、神木の前を横切った時、の声を聴いたような気がし、それ以降、その声どおり『萬祥』を名乗る。
  • メディアなどで細木数子江原啓之などと供によく占い師として紹介されているが風水師、開運アドバイザーの間違いである。

[編集] 出演番組

[編集] テレビ

  • Dr.コパの夢をかなえ富(ロマン)を築く風水術

~開運マイホーム~ (BSデジタル・999ch 知求チャンネル

[編集] ラジオ

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  • 開運!Dr.コパのパワースポット神社 DVDBOX

(テレビ番組・CSスカパー・277ch「旅チャンネル」での「Dr.コパのパワースポット神社」のDVD化)

[編集] 馬主として

  • 本名の小林祥晃名義で「コパノ」の冠号を用い競走馬を所有。勝負服デザインは「黄、赤一本輪、黄袖」と、風水で金運を高めるとされる黄色を基調としている。
  • 週刊Gallop」でコラムを連載している。

[編集] 主な所有馬

[編集] 外部リンク