トーンシン・タムマヴォン

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ラオスの旗 ラオスの政治家
トーンシン・タムマヴォン
Thongsing Thammavong
ທອງສິງ ທຳມະວົງ
Thongsing Thammavong 2009-12-9.jpg
トーンシン・タムマヴォン(2009年)
生年月日 1944年4月12日(70歳)
出生地 Flag of Colonial Annam.svg フランス領インドシナフアパン県
所属政党 ラオス人民革命党

ラオスの旗 第6代首相
内閣 トーンシン・タムマヴォン内閣
任期 2010年12月23日 -
国家主席 チュンマリー・サイニャソーン

ラオスの旗 第2代国民議会議長
任期 2006年6月8日 - 2010年12月23日
国家主席 チュンマリー・サイニャソーン
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トーンシン・タムマヴォン(Thongsing Thammavong, 1944年4月12日 - )はラオス政治家ラオス人民革命党政治局員。第2代国民議会議長を務めた後、現在は第6代首相を務める。

経歴[編集]

トーンシン・タムマヴォンは1944年フランス統治下にあったラオス北部のフアパン県に生まれた。ラオス内戦中の1959年8月18日から革命運動に参加。その間教職にもあり、1963年から1976年にかけて、フアパン県の中学校の校長や中等教育養成学校の校長を経た後、教育省職業訓練局次長を務めるなど、トーンシンは教育行政に携わった。ラオス人民民主共和国が建国された1976年から1982年まで教育省組織局長を務めた。

1982年4月、ラオス人民革命党第3回党大会において中央委員候補に選出され、党内序列第52位となる[1]。のち、党中央委員に昇格[2]。1982年から翌年にかけて党中央広報訓練委員会副委員長を務める。

1983年カイソーン・ポムウィハーン内閣の文化大臣に任命され、1988年まで務めた。その間の1986年11月に開催された第4回党大会において中央委員に選出され、序列第37位となる。1989年5月29日最高人民議会副議長に選出され、憲法起草委員会委員を兼ねた。

1991年3月、第5回党大会で政治局員に選出され、序列第11位に昇格。その後、最高人民議会議長代行を務めたトーンシンは、1992年には党組織委員会委員長に就任し、2001年まで務めた。1996年3月、第6回党大会で政治局員に再選され、序列第5位。さらに2001年3月の第7回党大会でも政治局員に再選され、序列第4位となる。2002年から2006年にかけてヴィエンチャン特別市市長兼党委員会書記を務めた。

2006年3月、第8回党大会で政治局員に再選され、序列第3位となる。同年4月30日国民議会議員選挙にルアンパバーン選挙区から立候補し、当選。6月8日、第6期国民議会において議長に選出された。

2010年12月23日ブアソーン・ブッパーヴァン首相の突然の辞任により、同日、第6代首相に任命された。

脚注[編集]

  1. ^ 『アジア動向年報』1982年版、241ページ。
  2. ^ 『アジア動向年報』1985年版243ページには、「85年6月末には従来通り中央委員候補とあったが、10月初めには『候補』が落とされている」とある。また、日本国外務省ホームページにあるトーンシンの略歴紹介によると、1982年4月の第3回党大会で中央委員に選出されたという。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

先代:
ブアソーン・ブッパーヴァン
ラオス人民民主共和国首相
2010年 -
次代:
現職
先代:
サマーン・ウィニャケート
ラオス人民民主共和国
国民議会
議長
2006年 - 2010年
次代:
パーニー・ヤートートゥー