トレビエハ
| 州 | バレンシア州 |
|---|---|
| 県 | アリカンテ県 |
| 面積 | 71.44km² |
| 標高 | 7m |
| 人口 | 101,381人(2008年) |
| 人口密度 | 1,419.11人/km² |
北緯37度58分40秒 西経0度41分00秒 / 北緯37.97778度 西経0.68333度 |
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トレビエハ (スペイン語:Torrevieja)、またはトレベリャ(バレンシア語:Torrevella)は、スペイン、バレンシア州、アリカンテ県の都市。コスタ・ブランカに面した観光都市で、アリカンテの南約30マイルに位置する。
目次 |
地理[編集]
トレビエハの面積は約71平方kmで、領域内には通り、砂浜、潟がある。20kmもの海岸線は、ラ・マタ海水浴場など多くの海水浴場がある。年間の平均気温は、12℃から25℃の間である。
歴史[編集]
18世紀まで、トレビエハにはサリナス湖という塩湖があり、スペイン王家が所有していた。1802年まで、トレビエハ(古い塔を意味する)には地名の元となった監視塔があるだけで、他に塩鉱で働く者や漁民の家があった。
1803年、カルロス4世はサリナス湖管理をラ・マタからトレビエハへ移す布告をし、住宅建設が許可された。1829年、地震によって人口が打撃を受け、後に徐々に復興した。塩の生産と貿易が決定的となり、1931年にはアルフォンソ13世によって都市に昇格した。19世紀の手工業生産は、一般消費のためのリネン生産、麻及び綿に制限されていた。停泊地が塩の積み荷の障害となったが、1954年以降港が建設された。
19世紀半ば以降、精製された塩はスウェーデン船とオランダ船によって基本的に運ばれていった。塩の海外市場の重要性は20世紀半ばまでであった。トレビエハで採れた塩は1/4がスペイン国内で売られ、残った塩は輸出された。19世紀、トレビエハは、ベガ・バヤ地方で生産される品物の積み出し港であった。
近年の地元経済は観光業で非常に伸びている。イギリス人、スカンディナヴィア半島からの人々、ドイツ人はここで一年中暮らす強力な一団で、スペイン人観光客はトレビエハに休暇用住宅を所有する。2004年以降、トレビエハは在留イギリス人が多いムニシピオとして国内1位となり、現在は在留イギリス人人口が約12,000人となった。
| 1897年から[[2005
年]]までのトレビエハの人口の推移 |
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1897年 | 1910年 | 1930年 | 1950年 | 1960年 | 1970年 | 1980年 | 1991年 | 1996年 | 2001年 | 2004年 | [[2005
年]] |
| 7,833 | 8,961 | 8,754 | 8,935 | 9,234 | 9,726 | 12,314 | 25,014 | 35,998 | 50,953 | 75,530 | 84,348 |
姉妹都市[編集]
カディス、スペイン
オビエド、スペイン
カリョサ・デ・セグラ、スペイン
ポラ・デ・シエロ、スペイン