トランスカイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
トランスカイ共和国
Republic of Transkei
南アフリカ共和国 1963年 - 1994年 南アフリカ共和国
トランスカイの国旗
(国旗)
トランスカイの位置
トランスカイの位置
公用語 コサ語
首都 ウムタタ
大統領
1976年 - 1978年 ボーサ・シグカウ
1978年 - 1979年 Zwelibanzi Maneli Mabandla
1979年 - 1986年 カイザー・マタンジマ
1986年 - 1994年 Tutor Nyangelizwe Vulindlela Ndamase
首相
1963年 - 1979年 カイザー・マタンジマ
1979年 - 1987年 ジョージ・マタンジマ
1987年 - 1987年 Dumnisani Gladstone Gwadiso
1987年 - 1987年 ステラ・シグカウ
1987年 - 1994年 バンツー・ホロミサ[1]
面積
1976年 41,001km²
人口
1992年 4,746,796人
変遷
自治政府設置 1963年5月30日
独立 1976年
南アフリカへの併合 1994年4月27日
通貨 ランド
時間帯 UTC +2(DST: なし)
  1. ^ 軍事評議会議長
南部アフリカにおけるトランスカイの位置

トランスカイ英語: Transkei)は、南アフリカ共和国にかつて存在したバントゥースタン自治区)。

概要[編集]

現在の東ケープ州東部に位置した。「トランスカイ」とは、「カイ川の向こう側」を意味する(シスカイの反対)。

歴史[編集]

  • 1959年 国民党政府は、南アフリカでのさまざまな民族の独自の開発を目指し、民族・言語的に特有の10個の自治区「バントゥースタン」の設立法案を提案。トランスカイとシスカイコサ語地域として提案された。
  • 1963年 トランスカイ・バントゥースタンが南アフリカ議会で承認、正式に自治区となる。主にネルソン・マンデラに当たるカイザー・マタンジマが独裁的に実権を握る。
  • 1976年 トランスカイ共和国として独立国の地位を確立。首都をウムタタとした。但し独立国の地位は南アフリカのみから承認されたに過ぎなかった。
  • 1978年 マタンジマが南アフリカとの国交を断絶するとしたが、同国からの経済的援助に依存していたため撤回。
  • 1980年 マタンジマはテンブー族の王を追放し、結果王はザンビアへ亡命。
  • 1986年 マタンジマの汚職が発覚して辞任。
  • 1987年 トランスカイ国防軍のホロミサ少将によるクーデター発生。その後アフリカ民族会議(ANC)に加盟し連携、ANC活動に比較的安全な地域となる。
  • 1994年 「新生」南アフリカとの合意に基づき、トランスカイは南アフリカに併合。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]