トライアングル・シャツウェスト工場火災

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座標: 北緯40度43分48秒 西経73度59分43秒 / 北緯40.730085度 西経73.995356度 / 40.730085; -73.995356

トライアングル・シャツウェスト工場火災
Image of Triangle Shirtwaist Factory fire on March 25 - 1911.jpg
日付 1911年3月25日
時間 4:40 PM(現地時間)
場所 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタン
アッシュ・ビルディング
死者 146人
負傷者 71人
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トライアングル・シャツウェスト工場火災英語: Triangle Shirtwaist Factory fire)とは、1911年3月25日にニューヨーク市マンハッタンで発生した火災であり、町の歴史の中で死者数が最多の産業災害英語版かつ、アメリカ史で死者数が最多の事故の1つである。火災により縫製工146人(女性123人、男性23人)が[1] 、火災や煙の吸引、または転落、飛び降りにより死亡した。犠牲者の大半は16歳から23歳までの近年のユダヤ人・イタリア人の移民女性であった[2][3][4]。年齢がわかっている犠牲者のうち、最高齢の犠牲者はProvidenza Panno (43) であり、最年少はケイト·レオーネと"サラ"・ロザリア・マルチーズ(ともに14)であった[5]

所有者が階段吹き抜けや出口へのドアをロックしていたため – 盗難および無断休憩を防ぐための当時の一般的な方法[6] – 、燃える建物を脱出できなかった労働者の多くは8階、9階、10階から下方の通りへ飛び降りた。火災は改善された工場の安全基準を要求し、スウェットショップの労働者のより良い労働条件のために戦った国際婦人服労働組合の成長に拍車をかける助力となる法律制定につながった。

工場はマンハッタンのグリニッジ・ヴィレッジ地区のワシントン・プレイス23–29番地に位置するアッシュ・ビルディング(現在はブラウン・ビルディングやニューヨーク大学の一部として知られる)の中にあった。この建物はアメリカ合衆国国定歴史建造物およびニューヨーク市指定歴史建造物に指定されている[7]

脚注[編集]

注記

  1. ^ "Sweatshop Tragedy Ignites Fight for Workplace Safety" on the American Postal Workers Union website
  2. ^ "Triangle Shirtwaist Fire". Jewish Women: An Historical Encyclopedia on Jewish Women's Archive
  3. ^ Stacy, Greg. "Triangle Shirtwaist Fire Marks a Sad Centennial". NPR.org via Online Journal (March 24, 2011)
  4. ^ Diner, Hasia R. "Lecture: The Triangle Shirtwaist Fire and the Shared Italian-Jewish History of New York" Italian-American Magazine (March 16, 2011)
  5. ^ Von Drehle, David. “List of Victims”. Triangle: The Fire That Changed America. 2012年11月28日閲覧。
  6. ^ Lifflander, Matthew L. "The Tragedy That Changed New York" New York Archives (Summer 2011)
  7. ^ Harris, Gale. "Brown Building (formerly Asch Building) Designation Report" New York City Landmarks Preservation Commission (March 25, 2003)

文献

関連資料

外部リンク[編集]

全般

当時の記事

裁判

記事

メモリアルやセンテニアル