トム・ジョンソン (ボクサー)

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トム・ジョンソン
基本情報
本名 トム・ジョンソン
通称 Boom Boom
階級 スーパーフェザー級
身長 166cm
リーチ 177cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1964年7月15日(50歳)
出身地 インディアナ州エバンズビル
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 63
勝ち 51
KO勝ち 28
敗け 10
引き分け 2
無効試合 0
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トム・ジョンソンTom Johnson、男性、1964年7月15日 - )は、アメリカ合衆国プロボクサーインディアナ州エバンズビル出身。第8代IBF世界フェザー級王者。11度防衛し安定政権を築いたことで知られている。特にマヌエル・メディナとの3度にわたる激闘は有名ですべて判定で決着したが、ジャッジのスコアは毎回のように接戦になっていた。

来歴[編集]

1986年10月28日、ジョンソンはプロデビュー戦を行い2回TKO勝ちでデビュー戦を白星で飾った。

1988年11月30日、WBCアメリカ大陸フェザー級王者ギルベルト・コントレラスと対戦し12回判定勝ちで王座獲得に成功した。

1989年4月21日、エドガル・ガルシアと対戦し6回TKO勝ちで初防衛に成功した。

1990年7月3日、ハロルド・ウォーレンと初黒星となる10回1-2の判定負けを喫した。

1990年11月18日、NABF北米フェザー級王者で後のIBF世界フェザー級王者トロイ・ドーシーと対戦し12回1-0の引き分けで王座獲得に失敗した。

1991年11月18日、世界初挑戦。IBF世界フェザー級王者マヌエル・メディナと対戦し9回1分35秒0-3の負傷判定負けで王座獲得に失敗した。

1993年2月26日、マヌエル・メディナと2度目の対戦を中立地フランスで行い、12回2-1の判定勝ちで王座獲得に成功した。これでメディナとの通算対戦成績を1勝1敗の五分に戻した。

1993年9月11日、フロリダ州マイアミのジャイアライ・フロントンでシュガー・ベイビー・ロサスと対戦。前日計量で計量オーバーで失格の失態をさらけ出したロサスに何もさせず12回3-0の判定勝ち。完封で初防衛に成功した。

1993年11月30日、マルセイユでステファン・ハッコンと対戦し9回1分16秒TKO勝ちで2度目の防衛に成功した。

1994年2月12日、セントルイスで22戦全勝のオルランド・ソトと対戦し12回3-0の判定勝ちで3度目の防衛に成功した。

1994年6月11日、ニュージャージー州アトランティックシティでベニー・アムパロと対戦し12回1分59秒TKO勝ちで4度目の防衛に成功した。

1994年10月22日、フランシスコ・セグラと対戦し、12回3-0の判定勝ちで5度目の防衛に成功した。

1995年1月28日、マヌエル・メディナと3度目の対戦を行い、12回3-0の判定勝ちで6度目の防衛に成功と同時にメディナとの激闘に決着を付けた。

1995年5月28日、エディ・クロフトと対戦し12回3-0の判定勝ちで7度目の防衛に成功した。

1995年12月9日、ドイツシュツットガルトのハーンズ・マーティン・シュライヤー·ハレで17戦全勝のホセ・バデッロと対戦し12回2-0の判定勝ちで王座獲得後初の苦戦を強いられたが何とか8度目の防衛に成功した。

1996年3月2日、イギリスニューカッスルのテレウェスト・アリーナでエヴァー・ベレノと対戦し12回2分34秒TKO勝ちで9度目の防衛に成功した。

1996年4月27日、クラウディオ・ビクター・マルチネットと対戦し7回KO勝ちを収め10度目の防衛に成功した。

1996年8月31日、アイルランドダブリンのザ・ポイントでラモン・グスマンと対戦し3回に2度ダウンを奪いストップ寸前まで追い詰めると更に7回にもダウンを追加して攻勢をアピールし採点になり12回3-0の判定勝ちで11度目の防衛に成功した。

1997年2月8日、ロンドンのニュー・ロンドン・アリーナでWBO世界フェザー級王者ナジーム・ハメドと王座統一戦を行ったが自身初のKO負けとなる8回2分27秒TKO負けを喫し12度目の防衛に失敗し王座から陥落しWBO王座獲得に失敗した。

1998年9月4日、IBC世界スーパーフェザー級王者デニス・ホルベック・ペーターソンと対戦し12回0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。

1999年2月17日、元世界2階級制覇王者でIBA世界スーパーフェザー級王者ジュニア・ジョーンズと対戦し12回0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。

1999年7月31日、IBO世界スーパーフェザー級王者チャールズ・シェパードと対戦し12回0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。

2000年7月15日、IBOインターコンチネンタルスーパーフェザー級王者で後のWBO世界フェザー級王者スコット・ハリソンと対戦し12回0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。

2001年2月23日、NABF北米スーパーフェザー級王者で後の世界2階級制覇王者ヘスス・チャベスと対戦し8回10秒TKO負けで王座獲得に失敗した。

2002年2月22日、元IBF・WBO世界フェザー級王者ホルヘ・パエスと対戦し2回2分51秒TKO負けを最後に現役を引退した。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
マヌエル・メディナ
第8代IBF世界フェザー級王者

1993年2月27日 - 1997年2月8日

次王者
ナジーム・ハメド