トニー・アボット
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Anthony John "Tony" Abbott
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| 生年月日 | 1957年11月4日(55歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | シドニー大学、オックスフォード大学 |
| 現職 | オーストラリア代議院議員 |
| 所属政党 | 自由党 |
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| 選挙区 | ニューサウスウェールズ州ワリングラー |
| 任期 | 1994年 - |
アンソニー・"トニー"・ジョン・アボット(英語: Tony Abbott、1957年11月4日 - )は、オーストラリアの政治家。オーストラリア自由党党首。2009年に自由党党首選挙で党首に選出され、保守連合の次期首相候補となった。宗教はカトリックである。
経歴 [編集]
イングランドロンドンでオーストラリア人の両親の間に生まれる。1960年にオーストラリアへ帰国。シドニー大学で経済学と法学を専攻し、学生代表委員会会長を務める。またボクサーとしての活動歴もある。シドニー大学卒業後はローズ奨学生としてオックスフォード大学ザ・クイーンズ・カレッジに留学。オックスフォード大学で修士号(政治・哲学専攻)を取得。1983年、カトリック系神学校へ進学しカトリック司祭になるための勉強を始めるもその後中退。学生時代よりライターとして活動していた縁でオーストラリアンなどに記事を寄稿しジャーナリストとして活動を始める。記事の中で労働組合や左派系政党を批判する論調を展開。1990年から1993年までオーストラリアの政治家ジョン・ヒューソン秘書、1993年から1994年までオーストラリア立法君主連合事務局長を務める。1994年、ニューサウスウェールズ州の連邦議会補欠選挙で当選し政界入りした。ジョン・ハワード政権下に2001年に環境大臣、2003年に健康保険大臣に就任した。2009年に行われた自由党内の党首選挙でマルコム・ターンブルに替わって党首に就任した。ハワード政権退陣後、自由党はブレンダン・ネルソン、ターンブルと党首交代が相次ぎ迷走が続いていたが、アボットは退潮傾向に歯止めをかけ、2010年6月には人気の高かったケビン・ラッド首相を退陣に追い込み、同年8月の総選挙では情勢を接戦に持ち込んだ。
政策 [編集]
保守的なカトリック教徒としても知られ、胚性幹細胞の研究や人工妊娠中絶に反対し、君主制存続を主張している。外交政策ではラッド政権下で険悪化した日本との関係強化を打ち出している一方、捕鯨問題では強硬姿勢を掲げており、政治問題化を回避させていたハワード政権とは一線を画す姿勢を見せている。
外部リンク [編集]
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: マルコム・ターンブル |
オーストラリア自由党党首 第15代:2009 - |
次代: (現職) |