トニー・アボット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
トニー・アボット
Tony Abbott
Tony Abbott - 2010.jpg
生年月日 1957年11月4日(57歳)
出生地 イギリスの旗 イギリスロンドン
出身校 シドニー大学
オックスフォード大学
現職 オーストラリア連邦首相
所属政党 自由党
配偶者 マーガレット・エイトケン

任期 2013年9月18日 -

選挙区 ニューサウスウェールズ州ワリングラー
任期 1994年 -
テンプレートを表示

アンソニー・ジョン・"トニー"・アボット英語: Anthony John "Tony" Abbott1957年11月4日 - )は、オーストラリア政治家オーストラリア自由党党首。第28代オーストラリア連邦首相。宗教はカトリックである。

経歴[編集]

イギリスロンドンで、オーストラリア国籍の両親の間に生まれる。父リチャードはニューカッスル・アポン・タインで生まれ、近郊の村で育った。彼は第二次世界大戦中に家族とともにオーストラリアに移住している[1][2][3][4]。母フェイはシドニー出身のオーストラリア人である。1960年に幼いアボットは両親とともにオーストラリアへ帰国[5]。シドニー郊外のチャッツウッドに一家は居を構えた。シドニー大学で経済学と法学を専攻し、学生代表委員会会長を務める。またボクサーとしての活動歴もある。シドニー大学卒業後はローズ奨学生としてオックスフォード大学ザ・クイーンズ・カレッジに留学。オックスフォード大学で修士号(政治・哲学専攻)を取得。1984年、カトリックの神学校であるセント・パトリック神学校へ入学しカトリック司祭になるための勉強を始め、イエズス会に影響を受けたが、その後中退。神学校をやめてから出会ったのが、シドニーで働くニュージーランド人のマーガレット・エイトケンで、2人は1988年に結婚した[6]。アボットは妻との間にルイーズ、ブリジェット、フランセスの3子がある.[7]。学生時代よりライターとして活動していた縁でオーストラリアンなどに記事を寄稿しジャーナリストとして活動を始める。記事の中で労働組合や左派系政党を批判する論調を展開。

1990年から1993年までオーストラリアの政治家ジョン・ヒューソン秘書、1993年から1994年までオーストラリア立法君主連合事務局長を務める。1994年、ニューサウスウェールズ州の連邦議会補欠選挙で当選し政界入りした。ジョン・ハワード政権下に2001年に環境大臣、2003年に健康保険大臣に就任した。2009年に行われた自由党内の党首選挙でマルコム・ターンブルに替わって党首に就任した。ハワード政権退陣後、自由党はブレンダン・ネルソン、ターンブルと党首交代が相次ぎ迷走が続いていたが、アボットは退潮傾向に歯止めをかけ、2010年6月には人気の高かった首相ケビン・ラッドを退陣に追い込み、同年8月の総選挙では情勢を接戦に持ち込んだ。

2013年9月の総選挙では、与党の労働党を大差で下し、政権交代を実現。同月18日、就任宣誓式を行い第28代オーストラリア連邦首相に就任した[8]

2014年4月に来日。

政策[編集]

保守的なカトリック教徒としても知られ、胚性幹細胞の研究や人工妊娠中絶に反対し、君主制存続を主張している。

外交[編集]

日本[編集]

ラッド政権下において捕鯨問題などでぎくしゃくしがちだった日豪関係の修復・強化を打ち出している。

日本との関係を「アジアにおける最良の友」「世界史の中で最もお互いに恩恵を受けてきた二国間関係の1つ」と評価している[9]

2014年7月安倍晋三内閣総理大臣と会談し、11月1日第一次世界大戦でオーストラリア軍とニュージーランド軍の最初の輸送船団が出発してから100年を迎えるにあたって行われる記念式典に自衛隊も参加させることで一致した。日本は当時、日英同盟に基いて海軍巡洋戦艦伊吹を派遣し船団の護衛を行っており、これはその時の協力関係を考慮したものである。式典には海上自衛隊護衛艦きりさめが参加した[10]。アボットは式典で日本について、「(日本は第一次世界大戦での)同盟国から(第二次世界大戦で)敵となり、今では最良の友」であると述べた[11]

中国[編集]

野党時代は中国からの投資を「国益にならない」と批判していたが、首相になってからは中国との自由貿易協定の交渉を加速させている[12]

脚注[編集]

  1. ^ Search & Retrieve – Record Search – National Archives of Australia”. Recordsearch.naa.gov.au. 2013年9月8日閲覧。
  2. ^ The Hon Tony Abbott MP, Member for Warringah (NSW) – Parliament of Australia: House of Representatives biography”. 2006年4月4日閲覧。
  3. ^ ABC Q&A Panellist bio: Tony Abbot”. 2011年9月10日閲覧。
  4. ^ Susan Mitchell, Tony Abbott: A Man's Man, p. 8
  5. ^ North Coast Voices, 7 December 2011; Retrieved 14 September 2013
  6. ^ Jonathan Pearlman, "Australia begrudgingly willing to accept Mad Monk Tony Abbott", The Telegraph, 4 September 2013. Retrieved 4 September 2013
  7. ^ Tony Abbott-Liberal for Warringah – About Tony”. 2012年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年4月4日閲覧。
  8. ^ アボット新政権が発足=難民対策を強化へ-豪時事ドットコム 2013年9月18日
  9. ^ “豪首相が就任後初の北アジア歴訪へ、最優先事項は対日EPA”. Reuters. (2014年4月2日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA3105H20140402 2014年4月6日閲覧。 
  10. ^ “第1次大戦の協力から百年 豪式典に海自護衛艦「きりさめ」参加”. 産経ニュース. (2014年11月1日). http://www.sankei.com/politics/news/141101/plt1411010018-n1.html 2014年11月3日閲覧。 
  11. ^ “日本は今も最良の友=第1次大戦100年式典で-豪首相”. 時事ドットコム(時事通信). (2014年11月1日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201411%2F2014110100231 2014年11月3日閲覧。 
  12. ^ 池田慶太 (2014年4月13日). “緊張続く日中韓、豪首相も歴訪は「綱渡り」”. 読売新聞. http://www.yomiuri.co.jp/world/20140413-OYT1T50074.html 2014年4月14日閲覧。 

外部リンク[編集]

公職
先代:
ケビン・ラッド
オーストラリアの旗 オーストラリア連邦首相
第28代:2013 -
次代:
(現職)
議会
先代:
マルコム・ターンブル
オーストラリア自由党党首
第15代:2009 -
次代:
(現職)