トゥンジェリ県
トゥンジェリ県 |
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トゥンジェリ県の位置
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| 概要 | |
| 地方: | 東アナトリア地方 |
| 県都: | トゥンジェリ |
| 県番号: | 62 |
| 面積: | 7,774 (km2) |
| 人口: | 76,401 2006 |
| 自治体数: | 8 |
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トゥンジェリ県の自治体
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| 市外局番: | 0392 |
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公式サイト:
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トゥンジェリ県(トルコ語: Tunceli)はトルコ中央東部にある東アナトリア地方の県。1936年までザザキ語やクルド語で銀の扉を意味する「デルシム」(Dersim) とよばれていた。今でもこの名を使う人もいる。北にエルズィンジャン東にビンギョル、南にエラズー、西にマラティア
この地域の人口はザザ人が圧倒的に多い。人口密度がトルコ一小さく、9.8/km2 ほどしかない。トルコでは珍しくイスラム教アレヴィー派が多い。
現在は県都の名称を県名と同じに変えられてトゥンジェリであるが、昔はカーランと呼ばれていた。トゥンジェリは古代建築と、その独特の風景、特にムソズール川沿いの風景で良く知られている。しかし、古代建築は19世紀後半から20世紀前期にトルコ軍の指揮官だった Hamidiye Alays がアルメニア人とアレヴィー派のデレベイとの戦闘で破壊してしまっている。
[編集] 下位自治体
トゥンジェリには8つの自治体がある。
- Çemişgezek
- Hozat
- Mazgirt
- Nazimiye
- Ovacık
- Pertek
- Pülümür
- トゥンジェリ(Tunceli)
[編集] 歴史
この地域には古代から人が住んでいたと考えられている。これはプトレマイオスが「Daranalis」で述べており、彼がこの著を書く前にも言及している。ある説ではダレイオス1世の名は此処から来ていると考えられている。
19世紀末、当時デルシムとよばれていたこの地域はオスマンのホザット県(sanjak)に含まれており、エリズィンジャン県の一部から、この県と現在のエラズーは分割された。この地域はトルコ共和国成立まで続き、1936年にはデルシム県は’銅の土地’を意味するトゥンジェリ県に改名された。 この県の中央はカラン市とされ、Pülümürは後にこの県に編入された。
[編集] 教育
98%の人口が初等教育を受けており、トルコの県の中でも識字率が非常に高い。 また、1979年80年に、高等学校が閉鎖し軍事基地に変わるまで、トゥンジェリは大学に在学する学生がトルコ一多かった。
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