トゥルパ

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トゥルパチベット文字:སྤྲུལ་པ; ワイリー方式sprul-pa)は、チベット語で一般に、変化身(応身)や生まれ変わり(cf. トゥルク)を指す言葉として用いられ[1]サンスクリットनिर्मित 〔ニルミタ〕または निर्माण 〔ニルマーナ〕(すなわち化・変化・化現・化成・化作)に相当する。また、あるコンテクストにおいては、トゥルパは「魔術的顕現」「喚起されたもの」「幻像」などとも翻訳され、純粋な霊的・精神的訓練のみによって作り出される存在ないし“もの”をあらわす言葉としても用いられる。以下、本項では後者の意味を中心に記述する。

旅行家アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール英語版の『チベットの神秘家と呪術師』 (Mystiques et magiciens du Tibet, 1929)[註 1] によると、トゥルパは「強力な凝念による魔術的形成物」である。トゥルパは「物質的形体として受け取られた、具現化した思念」であり、「思念形態」(thoughtform;思念体、想念形体とも)と同義とみなされるのが通例である[2]。この意味でのトゥルパは、日本では(慣習的英字表記の tulpa を英語風に読んで)タルパとも呼称される。

インド仏教[編集]

初期の仏教経典である沙門果経は、「マナス(意、心)が成した身体」(マノマヤカーヤ;意成身)を作り出す能力を、観行の果報の一つに挙げている。

無礙解道論英語版清浄道論のような典籍では、「意によって作られる身体」はブッダ(仏陀)や仏弟子が諸天界に赴く手段であると述べられており、天業譬喩経英語版に例示されたような、ブッダの行った数々の奇跡 - 例えば同経典では、ブッダが多数の姿に応化して天を覆う無数の身体として現れたとされた - を説明するための概念としても用いられている[3]

インドの仏教哲学者無著は自身が著した『瑜伽師地論』の本地分の中の「菩薩地」で、ニルマーナ(化身)は魔術的幻影であり、「基本的には物質的な基盤をもたない何か」であると説いた[4]。 また、無著の弟である世親も自身が執筆した『倶舎論』で、ニルミタ(化作)は禅定を通じて発現する神通力(パーリ語:イッディ、サンスクリット語:リッディ)であると述べた。

大乗仏教の中観派は、あらゆるリアリティは無自性であり、あらゆるリアリティはある種のニルミタ(化現)ないし魔術的幻影(幻化)であるという見解を取っている[要出典]

チベット仏教[編集]

トゥルパはチベット仏教ボン教における精神的修練と教えの一つである。 それについて thoughtform (思念形態)という用語が使われた早期の事例は、ウォルター・エヴァンス=ヴェンツ英語版がチベット仏教ニンマ派埋蔵教法の一部である「バルド・トェ・ドル・チェンモ」を翻訳した『チベット死者の書』(1927年)にある[註 2]

米国のチベット仏教研究者ジョン・レイノルズ英語版は、ガラップ・ドルジェ英語版(妙楽金剛)の伝記の英訳に付した註釈の中で、トゥルパは「発現、顕現」であると定義し、「ブッダや悟りを得た者は、そのような数多くのニルミタ〔化身〕を千変万化の相に変じて一度に現すことが可能である」と述べた[5]

ドロレス・アシュクロフト=ノウィキーとJ・H・ブレナンの共著『思念形態の魔術的用法』 Magical Use of Thought Forms でチベット仏教のイダム(守護尊)の瞑想について物語仕立てで説明されているところによると、カン・リンポチェという隠者に師事したデプン寺の少年僧ペマは、イダムは幻覚にすぎないという理解に達するよう期待された。かれはイダムが紛れもない尊格であると教えられたが、「その考えを受け入れてしまった弟子は失敗とされ、不快な幻覚の中で残りの人生を歩むことになった」[6][註 3]

アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール[編集]

20世紀のチベットで実際にこれらの実践を見たフランス系ベルギー人のアレクサンドラ・ダヴィッド=ネールの著作でも、トゥルパという用語が使われている。

「悟りを得た菩薩は、十種の神変不可思議を生み出す能力がある。しかし、魔術的形成物を生む力、トゥルク、あるいはそれほど長く持続せず具現化の程度が低いトゥルパ、そういったものは〔菩薩のような〕神秘的な高位の存在だけのものではない。 どんな人間、神霊〔デーヴァ〕、あるいは鬼類でも、それを持っているということはあり得ることだ。その違いはただ力の度合いによるものであって、集中力と心そのものの質に左右されるのだ」と彼女は語っている[7]

また、トゥルパが自分自身の心を持つようになる能力について次のように述べた。

「ひとたびトゥルパが現実存在として振る舞うのに十分な生命力を与えられると、それを創造した人の支配を脱してしまいがちである。 チベットのオカルティスト〔行者〕の言うには、身体が完成して親から離れて生きることができるようになった子どもが母胎から出ていくように、これはほとんど自動的に起こるものである。」[8]

ダヴィッド=ネールは愉快なフライアー・タック〔ロビン・フッドの仲間の陽気な修道士〕のような僧侶のイメージでトゥルパを創ったが、このような現象が起きたためラマに頼み込んで消滅させたということがあった[9]。後に、自分の体験が錯覚であった可能性に言及し、「私は自分自身の幻を作り上げてしまっていたのかもしれない」と語った。

思念形態[編集]

思念形態は西洋の秘教伝統においてトゥルパに対応する概念である。この西洋的理解は、チベットの概念の一解釈から起こったと信じる人もいる[2]。思念形態の概念は西洋哲学や魔術実践にも関連している[10]

現代における考え方[編集]

現在、多くのウェブサイトでトゥルパやイマジナリーフレンドについての情報が取り上げられており、実際にこれらを創ろうとする人の情報源となっている[11]

註釈[編集]

  1. ^ 日本語版:A・デビッドニール 『チベット魔法の書』 林陽訳、徳間書店、1997年。
  2. ^ それ以前の19世紀末から20世紀初頭に、神智学者のアニー・ベサントC・W・レッドビーター英語版は、人間の思念が生成する何らかの形体を Thought-form(s) と呼び、思念形態が身体と魂とを備え、人工精霊と呼ばれるものとなると主張した(参考:Annie Besant & C.W. Leadbeater, Thought-Forms, The Difficulty of Representation)。
  3. ^ ただし、この物語の中ではトゥルパという言葉は使われていない。時代設定は明記されていないが、1940-50年代が想定されており、ダヴィッド=ネールの『チベットの神秘家と呪術師』とは無関係である。

出典[編集]

  1. ^ ケルサン・タウワ 『チベット語辞典 蔵日・日蔵』 カワチェン、2003年、116頁。
  2. ^ a b Eileen Campbell, et al (1994), Body Mind & Spirit.
  3. ^ David V. Fiordalis (2008). Miracles and Superhuman Powers in South Asian Buddhist Literature, p. 125.
  4. ^ David V. Fiordalis (2008), p. 130.
  5. ^ John Myrdhin Reynolds (1996). The Golden Letters, p. 350.
  6. ^ Dolores Ashcroft-Nowicki (2001). Magical Use of Thought Forms, p. 24.
  7. ^ Alexandra David-Néel (1929). Magic and Mystery in Tibet, p. 115.
  8. ^ Alexandra David-Néel (1929). p. 283.
  9. ^ Reader's Digest Association, et al (1985). Mysteries of the Unexplained, p. 176.
  10. ^ David Michael Cunningham (2008). Creating Magickal Entities.
  11. ^ T. M. Luhrmann (2013年10月14日). “Conjuring Up Our Own Gods”. ニューヨークタイムズ. http://www.nytimes.com/2013/10/15/opinion/luhrmann-conjuring-up-our-own-gods.html  (英語)

外部リンク[編集]

関連項目[編集]