トゥイラエパ・サイレレ・マリエレガオイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
トゥイラエパ・アイオノ・サイレレ・マリエレガオイ
Tuilaepa Sailele Malielegaoi.jpg
生年月日 1945年4月14日(69歳)
出生地 Blue flag of colonial Samoa.png ニュージーランド領サモア、レパ
所属政党 人権擁護党 (HRPP)
配偶者 ギリアン・ムリエル・マリエレガオイ

任期 1998年11月23日 -
テンプレートを表示

トゥイラエパ・ルペソリアイ・サイレレ・マリエレガオイ: Tuilaepa Lupesoliai Sailele Malielegaoi1945年4月14日 - )は、サモアの政治家。1998年から同国首相を務める。

経歴[編集]

2008年7月26日、首都アピアで太平洋諸国のリーダーならびにコンドリーザ・ライス米国務長官(当時)と

1945年、ニュージーランド委任統治領であった西サモア(現サモア独立国)のウポル島レパ生まれ。本業は経済学者である。ロトパのセント・ジョゼフス・カレッジ附属高校卒業後、オークランド大学からサモア人で初めて商学の博士号を取得した[1]

欧州経済共同体プライスウォーターハウスクーパースに勤め、1980年の国会議員選で初当選、トフィラウ・エティ・アレサナ内閣の副首相兼金融相に抜てきされた。彼の引退後は首相と金融相を引き継いだが、首相職に専念するため選挙後の内閣改造でミサ・テレフォニ・レツラフを金融相に任命し、副首相も兼務させた。

2009年のサモア地震津波で、姪の娘を含む2人の親族を亡くした[2]。地元のレパは津波で壊滅し、教会と村のウェルカムサインだけが残った[3]

2011年11月にはポリネシア各国間の文化、言語、教育、気候変動への対応、貿易投資に関する問題を話し合うポリネシア・リーダーズ・グループの正式発足に向け、イニシアチブをとり始めた。グループの役割の一部はメラネシア・スピアーヘッド・グループとかぶっている[4][5][6]

批判[編集]

内閣は国内の道路を右側通行から左側通行に変更するという、たいへん論議を呼ぶ法案を通過させた[7][8]。論争はサモア史上最大となる1万5000人規模[要出典]のデモに発展し[7]、「人民党」という反対政党まで旗揚げされた[8][9]

2011年にはオーストラレーシアとの経済関係強化のため、日付変更線の西側への移行を決定。同年12月はカレンダーよりも1日少ない30日間となるが、サモア・オブザーバー紙の編集者ケニ・レサによると多くのサモア人が「気違い首相の突拍子もない考え」と冷ややかに見ている。野党議員はこれについて「輸出の増加にはつながらず、あまつさえ世界で最も遅く日没を迎える国としての座を失うことになる」と主張している。トゥイラエパはタウトゥア・サモア党のレアライレプレ・リモニ・アイアフィ議員との電話会談で、同議員が「たいへん馬鹿げている」と非難したのに対し「法案のメリットを理解できないのはたわけだけだ」とやり返した[10]

バイニマラマとの確執[編集]

2006年のクーデターで国家権力を掌握したフィジーフランク・バイニマラマ暫定首相批判の急先鋒で、太平洋諸国のリーダーの意見を尊重していないとしている[11]。また、民主主義や政治の透明性、自由選挙制を回復させる努力を怠っているとも指摘する[11]。選挙が実施予定だったトンガでの地域会合のキャンセルなど、彼の行動も非難の対象にしている[11]。バイニマラマはニウエパプアニューギニアで開かれた太平洋諸島フォーラムの地域会合にも姿を見せなかった[11]。加えて、妥協や民主的選挙の実施を拒むバイニマラマの姿勢は「太平洋の精神」に反すると主張する[11]

2009年2月にはサモアのニュージーランド追従路線をバイニマラマが非難したため、彼と口論を繰り広げた[11]。彼はトゥイラエパを「非太平洋的」だとも責め立てた[11]が、トゥイラエパはバイニマラマが酔っているのではないかとした上で改めて太平洋諸国のリーダーの軽視を糾弾した[11]

スポーツへの熱意[編集]

2007年のパシフィック・ゲームズに、トゥイラエパ首相はターゲットアーチェリーの選手として参加した[12]。サモア指導者の総合競技大会への出場はこれが初めてであった。

練習は大会のわずか5ヶ月前に始めたばかりだったが、国内のランキングで2位につけた。息子も団体の補欠として出場[12]。大会10日目にリカーブ団体混合で銀メダルを獲得した[13]

脚注[編集]

  1. ^ “The Hon. Tuilaepa Malielegaoi”. University of Auckland School of Business. http://www.alumni.auckland.ac.nz/uoa/home/alumni/photo-galleries-and-video/distinguished-alumni-lectures-and-speeches/disguished-alumni-speaker-day-2009/the-hon-tuilaepa-malielegaoi 2009年10月5日閲覧。 
  2. ^ Ah Mu, Alan (2009年10月1日). “PM lost two relatives”. Samoa Observer. http://www.samoaobserver.ws/index.php?option=com_content&view=article&id=13715:pm-lost&catid=1:latest-news&Itemid=50 2009年10月5日閲覧。 
  3. ^ McClean, Tamara (2009年10月2日). “Searching ruins for reason to live after the tsunami”. The Daily Telegraph (Australia). http://www.dailytelegraph.com.au/news/searching-ruins-for-reason-to-live-after-the-tsunami/story-e6freuy9-1225781822624 2009年10月5日閲覧。 
  4. ^ "NZ may be invited to join proposed ‘Polynesian Triangle’ ginger group", Pacific Scoop, 19 September 2011
  5. ^ “New Polynesian Leaders Group formed in Samoa”. Radio New Zealand International. (2011年11月18日). http://www.rnzi.com/pages/news.php?op=read&id=64516 2011年11月25日閲覧。 
  6. ^ "American Samoa joins Polynesian Leaders Group, MOU signed", Savali, 19 November 2011
  7. ^ a b "Samoa provokes fury by switching sides of the road", The Telegraph, July 3, 2009
  8. ^ a b "Right-to-left driving switch upsets Samoans", ABC Radio Australia, August 12, 2008
  9. ^ "People’s Party to elect leaders", Samoa Observer, November 9, 2008
  10. ^ McLean, Tamara (2011年6月3日). “Samoan PM attacks dateline switch critics”. The Sydney Morning Herald. AAP. http://news.smh.com.au/breaking-news-world/samoan-pm-attacks-dateline-switch-critics-20110603-1fjnn.html 2011年11月25日閲覧。 
  11. ^ a b c d e f g h “Samoa’s Prime Minister again challenges Fiji’s interim Prime Minister”. Radio New Zealand International. (2009年3月1日). http://www.rnzi.com/pages/news.php?op=read&id=45078 2009年3月2日閲覧。 
  12. ^ a b Andrews, John (2007年8月18日). “Samoa PM draws bow for his country”. The New Zealand Herald. http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10458420 2011年11月25日閲覧。 
  13. ^ “Samoa PM wins archery silver”. ABC Radio Australia. http://www.radioaustralia.net.au/southpacificgames/news/s2021663.htm 2007年9月6日閲覧。 

外部リンク[編集]

公職
先代:
トフィラウ・エティ・アレサナ英語版
サモアの旗 サモア独立国首相
第11代:1998年 – 現在
現職