トゥイアトゥア・トゥプア・タマセセ・エフィ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サモアの旗 サモアの政治家
トゥイアトゥア・トゥプア・タマセセ・エフィ
Tuiatua Tupua Tamasese Efi
Tupua Tamasese Tupuola Tufuga Efi 00.jpg
ある医学会議でのトゥフガ・エフィ
(2006年6月11日撮影)
生年月日 1938年3月1日(76歳)
出生地 サモアの旗 サモア
所属政党 キリスト教民主党
テンプレートを表示

トゥイアトゥア・トゥプア・タマセセ・エフィTuiatua Tupua Tamasese Efi1938年3月1日 - )は、サモア独立国オ・レ・アオ・オ・レ・マーロー(国家元首、在位2007年6月20日 - 現職)。トゥプア・タマセセ・トゥプオラ・トゥフガ・エフィ(Tupua Tamasese Tupola Tufuga Efi)とも名乗る。

出身[編集]

トゥプア・タマセセは、現代サモア社会において特別に高い権威を有する4人の大首長タマ・ア・アイガ)のひとりである。トゥフガ・エフィは、1938年、当時のトゥプア・タマセセであった父トゥプア・タマセセ・メアッオレと母ノウエ・イレーネ・グスターヴァ・タイッシ・ネルソンとの間に生まれた。サモアでの初等教育と、ニュージーランドの首都ウェリントンでの中等教育(聖パトリック・カレッジ)は、一貫してカトリック系のマリスト・ブラザース国際学校の系列の学校で学んだ。高等教育は、やはりウェリントンのヴィクトリア大学で修めた。その後、ニュージーランドやオーストラリアの大学で教鞭を執った。サモアに帰国後も、政治活動と並行して教育者としての活動に従事している。

政治的経歴[編集]

1966年に立法議会議員に当選して、キリスト教民主党Christian Democratic Party)に属した。この時期は、まだ叔父のトゥプア・タマセセ・レアロフィオアッアナ4世がトゥプア・タマセセの称号を保持しており、エフィは単にトゥプオラ・トゥフガ・エフィと名乗っていた。1970年から1972年まで公共事業担当大臣を務めたあと、1976年3月24日から1982年4月13日まで2期続けて総理大臣を務めた。2期目の1981年に公務員の労働組合のストライキで行政機能の麻痺を招き、翌1982年の議会選挙で敗北して、それまでの野党であった人権擁護党(Human Rights Protection Party)に政権を譲って首相を辞任した。その後サモアでは2009年まで与野党の入れ換えという意味での政権交代は起きていない。

1982年、キリスト教民主党の党首に選出された。その後同党はサモア国民党と合同してサモア国民発展党(Samoan National Development Party)となったが、引き続きエフィが2001年まで党首を務めた。2004年、立法議会議員を辞任する。すでに1983年の叔父の死でトゥプア・タマセセの称号を継承してタマ・ア・アイガのひとりとなっていたエフィは、翌2005年、同じくタマ・ア・アイガであるトゥイマレアリッイファノ・スアラウヴィ2世とならんで、国家元首不在時の代行機関である代表者会議のメンバーに選出された。

2007年5月11日、当時のオ・レ・アオ・オ・レ・マーローであるマリエトア・タヌマフィリ2世が死去すると、サモア独立後はじめての選挙で選ばれた国家元首としてエフィが選出され、同年6月20日に就任した。


先代:
マリエトア・タヌマフィリ2世
オ・レ・アオ・オ・レ・マーロー
2007年6月20日 - 現職
次代:

(現職)