デミドフ

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座標: 北緯55度16分 東経31度31分 / 北緯55.267度 東経31.517度 / 55.267; 31.517

デミドフの紋章

デミドフ(デミードフ、ロシア語: Деми́дов, Demidov)は、ロシアスモレンスク州西部にある都市。ダウガヴァ川の支流カースプリャ川にゴブザ川が合流する地点に立っている。州都スモレンスクからは北西へ90キロメートル。デミドフスキー地区の行政中心地でもある。人口は2002年全ロシア国勢調査で8,786人(1989年国勢調査では10,200人ほどであった)。

歴史[編集]

デミドフは1499年、ポレーチエ(Поре́чье)という名で記録に登場する。その名の通り川沿いに建った集落であり、18世紀には皇室所有の土地となり1723年ピョートル1世がここで商船を作らせた。1776年に市の地位を得たポレーチエは、18世紀末から19世紀にかけて、ロシア中央部からバルト海沿岸地方へ向けて運ぶ亜麻、穀物などの積み替え港として栄えた。

1918年にこの地方のボリシェヴィキ幹部であった活動家ヤコフ・デミドフ(1889年-1918年)にちなみデミドフと改名された。

第二次世界大戦独ソ戦)では、1941年7月13日ドイツ国防軍に占領された。第二次スモレンスクの戦いの最中の1943年9月22日ドゥホフシチーナ-デミドフ攻略作戦を進める赤軍カリーニン戦線により奪還された。

文化と産業[編集]

デミドフには1852年に建てられた生神女就寝大聖堂1857年に建てられた生神女庇護聖堂がある。また歴史博物館なども建っている。

デミドフスキー地区、および隣接のドゥホフシチーナ地区には30以上の大きな湖がある。一番大きな湖はアカトフスコエ湖であり、1992年にスモレンスク湖水地方国立公園が一帯に開設された。2002年には生態系保護区に、また国際的な渡り鳥の保護区となっている。

デミドフには繊維工場や食品工場などがある。

出身者[編集]

ロシアの有名な道化・役者のユーリ・ニクーリン(1921年 - 1997年)はデミドフ生まれで、町の目抜き通りは彼の名がつけら れている。

中央アジア探検などの功績を残したニコライ・プルジェワルスキー英語版(1839年 - 1888年)はデミドフスキー地区のプルジェワルスコエ(旧キムボロヴォ)に生まれた。その屋敷は現在博物館になっている。

外部リンク[編集]