ディレッタンティ協会

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ディレッタンティ協会(でぃれったんてぃきょうかい、またはディレッタント協会Society of Dilettanti or Dilettante Society)は、古代ギリシアやローマ美術の研究、およびその様式による新しい作品制作のスポンサーとなったイギリス貴族ジェントルマンたちの協会。

概要[編集]

1734年グランドツアー経験者のグループによって、ロンドンのダイニング・クラブ(en:Dining club)として結成された。

ディレッタンティ協会を最初にリードしたのはフランシス・ダッシュウッド(en:Francis Dashwood, 15th Baron le Despencer, 1708年 - 1781年)で、メンバーの中には数人の公爵もいた。後には、画家ジョシュア・レノルズ(1723年 - 1792年)、俳優デイヴィッド・ギャリック(en:David Garrick, 1717年 - 1779年)、作家ユーヴディル・プライス(en:Uvedale Price, 1747年 - 1829年)、学者リチャード・ペイン・ナイト(en:Richard Payne Knight, 1750年 - 1824年)なども参加した。

メンバーが毎年、たとえば結婚式などで棚ぼた的に得た収入の4%を出し合うというシステムで、協会は急速に資金と影響力を増していった。

1740年代からはイタリア・オペラを後援し、1750年代からはロイヤル・アカデミー設立の原動力となった。そのうえ、グランドツアーを続ける若者たちへの奨学金や、リチャード・チャンドラー(en:Richard Chandler, 1738年 - 1810年)、ウィリアム・パース、ニコラス・リヴェット(en:Nicholas Revett, 1720年 - 1804年)らの考古学旅行ならびに、イギリス新古典主義に大きな影響を及ぼすことになる『Ionian Antiquities』を彼らが出版する際に資金を提供した。


その他の著名なメンバー[編集]

関連用語[編集]

Dilettantism(ディッレッタント風)の意味は、道楽; 見栄っ張り; 不毛な美術の研究・讃美; 半可通のこと。英語、イタリア語でのdilettante(好事家、学者や専門家よりも気楽に素人として興味を持つ者を意味する)の派生。

参考文献[編集]

この記述には、パブリックドメインの百科事典en:The Nuttall Encyclopædia(1907年版)本文を含む。

The Penguin Dictionary of British and Irish History, ed. Juliet Gardiner

読書案内[編集]

  • Cust, Lionel & Sidney Colvin, History of the Society of Dilettanti. London, 1898. [repr. with additions, 1914]
  • Hamilton, W.R., Historical Notices of the Society of Dilettanti. London, 1855
  • Smith, Cecil Harcourt & George Augustin Macmillan, The Society of Dilettanti: Its Regalia and Pictures ... Together with an Outline of Its History, 1914[-]1932. London, 1932