ディスクジョッキー

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DJ performing with Danny Brown 2014.jpg

ディスクジョッキーdisc jockey)または単にDJディージェイ)とはラジオ番組司会者、あるいはディスコクラブ、パーティー、ライブ野外レイブなどでレコードなどの録音媒体を使い音楽を掛ける人である。

司会者・パーソナリティ[編集]

ラジオ番組などで、音楽を掛けながらその間をトークで繋ぐ司会者。ラジオ番組では音楽よりトークを重視する番組の司会者の場合、パーソナリティと呼ばれる事が多い。狭義には自分自身で選曲しレコード盤に針を落とし、トークは簡単な曲紹介のみというスタイルを取っているものをディスクジョッキーという。海外の著名なデイスクジョッキーとしては、ウルフマン・ジャックジョン・ピールチャーリー・ギレットジム・ピューターウォルト・ラブドン・トレイシーらがいた。また、日本でのラジオの音楽番組全盛期における代表的なディスクジョッキーとしては、糸居五郎小林克也、八木誠、石田豊、湯川れい子ピーター・バラカンなどがあげられる。大橋巨泉も「巨泉のポップスNO1」などの番組を担当していたことがある。

またMTVでは番組内の司会進行役をVJと呼んだり、東海ラジオなど7局で番組を担当していた小森まなみはトーク重視のスタイルをトークジョッキーと呼んでいる。また東京都のFM局・J-WAVE(一部のぞく)、福岡県のFM局・CROSS FM新潟県のFM局・FM-PORTが「ナビゲーター(navigator)」、愛知県のFM局・ZIP-FMが「ミュージック・ナビゲーター(music navigator)」、兵庫県のFM局・Kiss FM KOBEが「サウンドクルー(sound crew)」など独自の呼称を使っている局もある。これは各人によって選曲する者もあれば司会と曲紹介だけの者など、番組内の行動も多様であることから単に「ディスクジョッキー」として表せないことを背景にしている。

毒舌を売りにするディスクジョッキーを特にショックジョックShock jock)という[1]

選曲者[編集]

DJ Spooky

主にダンスホールディスコクラブ、野外ライブなどでレコードCD、近年ではPC等の記憶媒体に保存された音楽データを使用し、場の雰囲気から楽曲を選曲し切れ目無くかける者である。一般にDJ(ディージェイ)と略称される。選曲担当の他にミックススクラッチ、イコライザーの操作などの機器操作を行うことが一般化している。ミックスは現在再生している曲と次に再生する曲をスムーズにつなぎ、音の切れ目をなくすことで聴衆のテンションを維持する。ミックスの技法はDJごとに個性があらわれる。

まれにすでに選曲した楽曲をMDDATなどの記録媒体に入れて使用しDJを自称する者もいるがこれは単に選曲者であり、ピッチを変速できるターンテーブルレコードプレーヤー)やCDJ(CDターンテーブル)、PCとミキシング・コンソールを使用したライブ演奏が基本である。

BeatportDJCITY JAPANを始めとするデジタル音楽ダウンロードサイトやCD-Rの普及により、CDJを用いるDJも増えてきている。またPCとソフトウェア、音楽データを利用する者はPCDJと呼ばれている。アナログ時代には考えられなかったプレイを省力的かつスピーディーに、更にはローコストで行う事が可能になった。またCDJ、PCDJは移動の荷物を減らしたり特に海外での公演の際に大量のレコード所持によって販売を疑われ税関で止められたり没収されると言うトラブルを防ぐことにも一役買っている。

DJの行っていることは普段クラブなどには行かない人たちにはなかなか理解されづらい。選曲を楽しむだけであれば、極端に言えば既存のミックステープなどをかけていれば良いと思われることもある。しかしクラブなどに訪れるのは、音楽を積極的に聴きに来ている、さらには踊りに来ている人たちが一般的な客層である。観客は音楽とそれをコントロールしている人間に神経質な注目を向ける傾向がある。職業的なDJは「場の空気」を高めつつも一定のレベル以上に保たなければならないと常に注意を払っている。 例えば大きなクラブなどになれば、スローで静かな曲を聴きにきた人とアップテンポな踊れる曲を求めている人が混じって存在している場合があり、DJはそうした対立的に存在するニーズを満足させなければならない。基本的には物言わぬ聴衆である観客に対して、バランス良くプレイしていくのか、またはあえて無視して独自のプレイをすることで踊るつもりのなかった人を踊らせるようにするのか、そうした判断を感覚的な察知と事前に決めた計画を通して、「場の空気」を意識しながらその場で緻密に組み立てていく。ある曲の一番目のサビの終わりに曲を替えるのか二番目の後なのかで観客の反応がガラッと変わってしまうこともある。言わばDJは音を通じた司会者でありその場をコントロールする存在である。 このように数多のケースバイケースな対応していく仕事が一般的なDJの基本的な役割であり、それは訓練された人間にまかされる。[要出典]

日本でのクラブDJとディスコDJ[編集]

日本ではクラブDJとディスコDJを分ける人もいるがこの言葉自体が日本法たる風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に依存していることから厳密な境界はなく特定ジャンルに精通している者をクラブDJ、オールジャンルでキャッチーな選曲を行うDJをディスコDJと呼び分けたりする(ディスコや大箱クラブではプレイリストが店舗等から渡されることがある)。

日本国内においてはハイエナジーユーロビートがディスコで大流行したことから、昨今の日本でのディスコのイメージが定着し区別されるようになった。

以前のダンスホールではディスコミキサーやイコライザ、ピッチコントローラなどは存在せず一台のレコードプレイヤーを使いフロアの音楽を提供していた時代があった。現在でも、伝説のパーティー・The LOFTの主催者・David Mancusoやその信奉者らなどミックスやイコライジングを施さないDJも存在する。

レゲエにおけるディージェイとセレクター[編集]

レゲエにおけるDJの元祖はサー・ロード・コミック、カウント・マチューキ、リトル・スティットらである[2]。元は他のジャンルと同じように選曲しイントロ部でその曲の紹介などを担当していたが、1960年代後半のU・ロイの登場以降はレコーディングに参加しトースティングラップを披露するようになっていった。現在はレゲエにおける「DJ」と言えば、一般的にはサウンド・システムなどでバージョンダブに合わせてトースティングする者を指す。他ジャンルにおけるDJと区別するため、「ディージェイdee jay)」と表記する場合もある。ディスクジョッキーと呼ばれることはない。他のジャンルにおけるDJにあたる者は、レゲエではセレクターselector)と呼ばれる。セレクターには独自のスタイルがあり、曲のフック(盛り上がり)部分でレコードを逆回転して止めてしまったり(「Pull up」、「Rewind」、「Come again」と呼ばれる)セレクター自身が発言したりする。

ヒップホップDJ[編集]

1973年ニューヨークブロンクス区でサウンドシステム活動を開始したジャマイカ移民であるクール・ハークがヒップホップDJの普及者として知られる。クール・ハークが発見したブレイクビーツスクラッチなどの技法が開発され、ヒップホップDJの独自性が高まっていった。

スクラッチ[編集]

レコードを手でこするように前後させ同じ部分を反復再生、リズムを刻むなどのパフォーマンスのこと。1977年にグランドウィザード・セオドアが偶然発見し、親戚のグランドマスター・フラッシュが流行させた。一般認知されているが音楽ジャンルによってスクラッチはたまに行われるか、もしくはまったく行われない。稀にジャズハウスミュージックにもスクラッチを得意とするDJがいるが、やはり発祥であるヒップホップDJが主にスクラッチ技術を使用する。

ターンテーブリスト[編集]

レコードを使った特殊な奏法(スクラッチ、トリックミックス、ジャグリング、トーンプレイ、ボディトリック: 総称してターンテーブリズム英語版という)を専門的に行うDJをターンテーブリスト(turntablist)あるいはバトルDJと呼ぶ場合がある。クラブフロア等の選曲主体のDJとは異なり、ターンテーブルを楽器のように扱うことに長けたDJ。また、これらの奏法は主に最小限の構成(アナログターンテーブル2台・ミキサー1台)で行えることが前提である。

ターンテーブリストの技術が高度化するに従い、それを競う大会が開催されるようになった。国際的ターンテーブリスト大会であるDMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPではdj KENTARO(2002年、シングル部門)、DJ AKAKABE(2004年、バトル部門)、DJ CO-MA(2006年、バトル部門)、DJ 威蔵(DJ IZOH)(2012年、シングル部門)などの日本人が優勝している。

脚注[編集]

  1. ^ 大人気の毒舌家を没落させた一言[リンク切れ] - 日経トップリーダーonline
  2. ^ Dennis Alcapone『Forever Version』ライナーノーツ 2007年、Heartbeat

関連項目[編集]