ディキシーランドバンド

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ディキシーランドバンド
英字表記 Dixieland Band
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1980年
死没 2010年4月7日
Northern Dancer
Mississippi Mud
母の父 Delta Judge
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Bayard Sharp
馬主 Mary Sharp
調教師 Charles Peoples
競走成績
生涯成績 24戦8勝
獲得賞金 40万1320ドル
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ディキシーランドバンド (Dixieland Band) は、アメリカ合衆国生産の競走馬および種牡馬

経歴[編集]

メリーランド州生産馬。父は20世紀で最も成功した種牡馬とも言われるノーザンダンサー、母はマッチメイカーステークス (G1) など3つの重賞競走を制したミシシッピマッド。競走馬時代は24戦で8勝を挙げ、3歳時にペンシルベニアダービー (G2) 、マサチューセッツハンデキャップ (G2) に優勝した。競走馬引退後の1985年より、馬主が所有するデラウェア州の牧場で種牡馬となった。

馬産の中心地ケンタッキーからは大きく外れた場所での種牡馬入りだったが、初年度産駒から2度のアスコットゴールドカップ (G1)優勝など4カ国で7つの重賞を制したドラムタップスを筆頭に、3頭の重賞優勝馬を輩出。以降も毎年コンスタントに重賞優勝馬を輩出して人気種牡馬となり、1990年代半ばより、馬主の娘が嫁いだ先のケンタッキー州レーンズエンドファームに移動した。その後も一流種牡馬の地位を保ち、ディアヌ賞(フランスオークス)優勝馬エジプトバンドなどアメリカ国外の活躍馬も輩出した。

母の父としても大きな影響力を保持し、ケンタッキーダービー優勝馬モナーコス、同じくケンタッキーダービー優勝馬ストリートセンスなどが出ている。2004年にはブルードメアサイアー産駒が総合で1,160万ドルの賞金を獲得し、この年のリーディングブルードメアサイアーを獲得した。

長く種牡馬生活を続けていたが、2008年12月に関節炎の悪化を理由に種牡馬を引退[1]。以降はレーンズエンドファームで功労馬として余生を過ごしていたが、老衰により2010年4月7日に安楽死された[2]

主な産駒[編集]

主なブルードメアサイアー産駒[編集]

血統表[編集]

ディキシーランドバンド血統ノーザンダンサー系 / Hyperion 4×5×5=12.50%、Alibhai 4×5=9.38%、Discovery 5×5=6.25%)

Northern Dancer 1961
鹿毛 カナダ
Nearctic 1954
黒鹿毛 カナダ
Nearco Pharos
Nogara
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah
Natalma
1957 鹿毛
Native Dancer Polynesian
Geisha
Almahmoud Mahmoud
Arbirator

Mississippi Mud 1973
鹿毛 アメリカ
Delta Judge 1960
黒鹿毛 アメリカ
Traffic Judge Alibhai
Traffic Court
Beautillion Noor
Delta Queen
Sand Buggy 1963
黒鹿毛 アメリカ
Warfare Determine
War Whisk
Egyptian Heliopolis
Evening Mist F-No.4-m

脚注[編集]

外部リンク[編集]