ディエゴ・マラドーナ・ジュニア

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マラドーナ・シナグラ・ジュニオル Football pictogram.svg
Maradona junior.jpg
名前
本名 ディエゴ・アルマンド・マラドーナ・シナグラ・ジュニオル
ラテン文字 Diego Armando Maradona Sinagra Junior
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1986年9月20日(25歳)
出身地 ナポリ
身長 166cm
体重 66kg
選手情報
ポジション MF
代表歴
2001 イタリアの旗 イタリアU-17 1 (0)
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ディエゴ・アルマンド・マラドーナ・シナグラ・ジュニオルDiego Armando Maradona Sinagra Junior1986年9月20日 - )は、イタリアナポリ出身のサッカー選手及びビーチサッカー選手。国籍はイタリア。

アルゼンチンが生んだサッカーの天才・ディエゴ・マラドーナの子。 マラドーナがナポリ在籍時に愛人のクリスティアーナ・シナグラとの間にもうけられた。 マラドーナ本人は認知していないが、裁判所は彼の隠し子養育費の支払い義務と、マラドーナ姓を名乗ることを認めることを命じた。 ジュニアが16歳のとき、イタリアで開かれたチャリティーゴルフ大会に出場していた父・マラドーナと再会し、40分間父子二人きりで話した。会話の内容は誰も知らない。

マラドーナ・シナグラ・ジュニオルは1997年の11歳の時にナポリのジョヴァニッシミ(クラブ下部組織)に所属し、2001年にはU-17イタリア代表にも選ばれた。

2005年にEccellenza(セリエE)のエミリア・ロマーニャ州に所属するチェルビアでキャリアをスタートさせる。半年間の在籍だったがカンピオナートでチェルビアのセリエD昇格に貢献し、2006年1月にEccellenzaのカンパーニア州リーグのインテルナポリに移籍。

しかし出場機会に恵まれず2007年2月に同じカンパーニア州リーグに登録していたクアルトに自身の活躍を願って移籍した。マラドーナ・シナグラJrこそ1ゴールだったが、セリエD昇格を賭けたプレイオフまで順位を上げた功績は大きかった。そして2007年12月からセリエDのヴェナフロでプレーし、2008年1月21日のオリンピア・アニョネーゼ戦で40メートルのロングシュートを叩き込みこれが移籍後初ゴールとなった。

その後はビーチサッカーに専念していたのもあり、2008年12月にボーイズ・カイヴァネーゼやクアルトに復帰するも以前のような活躍は見せていない。

ビーチサッカーでは、ビーチサッカーワールドカップのイタリア代表に選出された。2009年夏のビーチサッカーワールドカップでは、キャプテンとして出場し決勝まで導くもブラジル代表に敗れた。しかしその存在感と親譲りのテクニックは十分なほど見せつけた。

[編集] 所属クラブ

  • 2005 イタリアの旗 チェルビア 11 (0)
  • 2006 イタリアの旗 インテルナポリ・カマドーラ 2 (0)
  • 2007 イタリアの旗 クアルト 9 (1)
  • 2007-2008 イタリアの旗 ヴェナフロ 14 (1)
  • 2008 イタリアの旗 ボーイズ・カイヴァネーゼ 1 (0)
  • 2008-2009 イタリアの旗 クアルト 2 (0)

[編集] 代表歴

  • イタリア代表U-17 2001
    • 代表通算:1試合出場 0得点
  • ビーチサッカーイタリア代表 2008-
    • 代表通算:15試合出場 2得点
    • 第4回ビーチサッカーワールドカップ
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