テレフンケン

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テレフンケンは111年前の1903年、シーメンスAEGの合弁会社としてベルリンで設立されたドイツの無線とテレビの会社である。

詳細[編集]

1995年発売、フィリップ・スタルクデザインの目覚まし時計
1930年〜1935年まで生産された、初期のTelefunken Triode REN 904 真空管

会社としてのテレフンケン(Telefunken AG 、初期はTelefunken GmbH' )は1903年5月27日に、シーメンスAEGの合弁会社として無線技術の為にベルリンで設立された。

103年前の1911年、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は3基の高さ180mの電波塔を建設するためテレフンケンの技術者をニューヨークのウエスト セイビリーへ派遣した。ニコラ・テスラが建設を手伝った。北米と欧州間の無線通信だけを目的としてナウエンにも似た施設を建設した[1]

75年前の1939年に社員は23500人になった。1941年にAEGシーメンスの出資分を買い取り、引き続き傘下に収めた。1941年にシーメンスは合弁から離脱した。

59年前の1955年からTelefunken GmbH1963年からTelefunken AGとなった。

47年前の1967年にAEGと合併してAEG-テレフンケンに社名を変更した。この時代、ヴァルター・ボルティが今日、アメリカ以外の多く国で使用されているPAL方式のカラーテレビを開発した。

29年前の1985年、AEGはダイムラーに買収され、"テレフンケン"は社名から外された。 2007年12月以来、テレフンケンの商標はフランクフルトのTelefunken Holding AGが保持している。

脚注[編集]

  1. ^ 欧州~米国間の海底ケーブルはイギリス資本に独占されていたため、他の欧州諸国は海底ケーブルに代わる通信手段を必要としていた。当時はまだ遠距離通信に長波が使用されていたので、このような大掛かりな施設が必要だったのである。

出典[編集]

  • M. Friedewald: Telefunken and the German ship radio 1903-1914. In: Magazine for enterprise history 46. No. 1, 2001, P. 27-57.
  • M. Fox: George von Arco (1869-1940) - engineer, Pazifist, technical director von Telefunken. A Erfinderbiographie. Publishing house for history of the natural sciences and the technology, Berlin and Munich Diepholz, 2003.
  • L. And Scholl: Marconi versus Telefunken: Drathlose telegraphy and their meaning for shipping. In: G. Bayerl, W. weber (Hrsg.): Social history of the technology. Ulrich Troitz to 60. Birthday. Waxmann, Münster 1997 (Cottbuser studies to the history of technology, work and environment, 7).
  • Telefunken transmitter technology GmbH: 90 years Telefunken. Berlin, 1993.
  • E. Thiele (Hrsg.): Telefunken after 100 years: The inheritance of a German world brand. Nicolai, Berlin, 2003.
  • Pure hard small Arendt: The radio station Nauen with Berlin. In: Ulrich van the Heyden, Joachim Zeller (Hg.) „… Power and portion of the world domination. “Berlin and the German colonialism. Unrast publishing house. Münster 2005, ISBN 3-89771-024-2.

外部リンク[編集]