テイ・ガーネット

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Tay Garnett
テイ・ガーネット
生年月日 1894年6月13日
没年月日 1977年10月3日(満83歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー
ジャンル 映画テレビ映画
活動期間 1920年 - 1975年
活動内容 1920年 脚本家デビュー
主な作品
郵便配達は二度ベルを鳴らす
夢の宮廷

テイ・ガーネットTay Garnett, 1894年6月13日 - 1977年10月3日)は、アメリカ合衆国映画監督脚本家映画プロデューサーである。

人物・来歴[編集]

1894年(明治27年)6月13日、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスに生まれる。

第一次世界大戦(1914年 - 1918年)では、アメリカ海軍航空士として従軍し、除隊後、マック・セネットの映画会社マック・セネット・コメディーズに入社して映画界入りし、26歳になる1920年(大正9年)、ビリー・ビーヴァン監督の短篇映画『やぶ医者』で脚本家としてデビューした。以降、ハル・ローチの映画会社ハル・ローチ・スタジオでもギャグライターとして活躍する。30歳になる1924年(大正13年)、ハル・ローチ・スタジオ製作の短篇映画『ファスト・ブラック』で監督としてデビューした。

1928年(昭和3年)、パテ・エクスチェインジに移籍し、同社製作の『セレブリティ』で長篇映画をはじめて監督する。

1946年(昭和21年)、ジェームズ・M・ケインの同名の小説を映画化した『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を監督した。同作は、フランス詩人・映画監督のジャン・コクトーらが主宰するシネクラブ「オブジェクティフ49」が1949年(昭和24年)7月29日 - 8月5日に、ピレネー=アトランティック県ビアリッツで開いた「呪われた映画祭」に選ばれ、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1942年)とともに上映された。

1951年(昭和26年)、ロレッタ・ヤングの末期の主演作『コーズ・フォー・アラーム』を撮った後、ガーネットはイギリスに渡り、同地で映画を監督した。帰米後は、おもにテレビ映画で活躍した。

1977年(昭和52年)10月3日、カリフォルニア州ロサンゼルスのソーテル地区白血病によって死去した。満83歳没。映画における功績により、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(6556 Hollywood Blvd.)に名を残す。

おもなフィルモグラフィ[編集]

映画[編集]

テレビ映画[編集]

ビブリオグラフィ[編集]

関連事項[編集]

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外部リンク[編集]