ティニーシャ・ケリー
| ティニーシャ・ケリー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Tynisha Keli Soares |
| 出生 | 1985年7月28日(27歳) マサチューセッツ州フォールリバー |
| 出身地 | マサチューセッツ州ニューベッドフォード |
| ジャンル | ポップ・ミュージック、R&B |
| 職業 | 歌手 |
| 担当楽器 | 歌 |
| 活動期間 | 1999年 - 現在 |
| レーベル | MCAレコード、ワーナー・ブラザーズ・レコード |
| 共同作業者 | コーナ・ボーイズ |
ティニーシャ・ケリー・ソアーレス(Tynisha Keli Soares、1985年7月28日- )は、アメリカのポップR&B歌手。マサチューセッツ州フォールリバーで生まれ、ニューベッドフォードで育った。
母国よりも日本で成功している。彼女のデビューアルバム『クロニクル・オブ・TK』は2009年に日本先行リリースされた。同アルバムは日本のチャートで最高15位を記録し、アルバムからシングルカットされた『シャタード』は日本のビルボードチャートHot100で最高6位に入った。代表曲はリコ・ラブがプロデュースした『アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴド・ミー』(2007年)。
目次 |
生い立ち [編集]
幼くして父親を亡くしたため、兄弟の面倒は彼女が見ており幼少期は大変苦労した。その中で唯一の心の支えが音楽で母親が聴いていたルーサー・ヴァンドロス、 ジョディシィ、テヴィン・キャンベルなどのソウル・ミュージックやR&Bを聴き、音楽で感情を表現できると思い歌手を志す。
経歴 [編集]
1999年 - 2002年 [編集]
1999年にニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのメンバーであったスコット・ロスと出会い彼の下でキャリアを開始する。2002年にガールズ・ポップ・グループガールズ・ソサエティのメンバーとしてMCAレコードからデビュー。しかし、R&B色の強い作品を望んだ彼女とグループの方向性の違いから次第にソロ活動を開始する。
2002年 - 現在 [編集]
自ら立ち上げたMySpace上にアップしたコーナボーイズプロデュースによる『アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴド・ミー(I Wish You Loved Me)』がラジオ局のディレクターの耳にとまり、ラジオチャートの上位に食い込む。これがきっかけでソングライター兼音楽プロデューサーのカーラ・ディオグラディの目に留まり、彼女がワーナー・ブラザーズのA&R部門のトップでもあったことから、ワーナー・ブラザーズと契約する[1]。
2009年、デビューアルバム『クロニクル・オブ・TK(The Chronicles Of TK)』をリリース。3月7日に初来日し、渋谷O-EASTで行われたイベント「HOLLA! MUSIC JAM」などに出演。日本では4月に先行リリースされたが、CDデビュー前に着うたが1位を獲得していたことが話題を集めた[1]。日本盤のCDジャケットではファッションモデルの佐々木希が衣装やアクセサリーを選んだ[2]。
同年齢の日本の女性歌手、BENIとコラボレーションし、ブランディ&モニカの1997年のヒット曲『ザ・ボーイ・イズ・マイン』をカバー。それぞれがメインを務める2バージョンが制作され[2]、ケリー版は8月5日から着うたで配信される。
ディスコグラフィー [編集]
アルバム [編集]
- クロニクル・オブ・TK - The Chronicles Of TK(2009年)
- ザ・フィフス・エレメント - The 5th Element(2010年)
シングル [編集]
- アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴド・ミー(2007年)
- シャタード(2009年)
脚注 [編集]
- ^ a b “アーティスト特集|ティニーシャ・ケリー”. OnGen
- ^ a b “BENI、ティニーシャ・ケリーとのコラボ曲を発売決定”. オリコン. (2009年7月30日)
外部リンク [編集]
- Official Website (英語)
- ワーナーミュージック・ジャパン・オフィシャル・サイト (日本語)
- オフィシャル・ブログ「ティニーの胸キュン日記」 (日本語)
- Tynisha Keli - MySpace (英語)
- Tynisha Keli - 公式YouTubeチャンネル(Flash Video)